作者:為三
華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
ゆえにわたしヴァレリーは彼らの武勇伝をねつ造、もといサポートするお仕事をはじめたのですが……実のところ武勇伝を欲しがっているのは、貴族の皆さまだけではないようで。
魔物退治と縁のなさそうなお方からの依頼も、ごく稀にあったりするのです。
◇
「あのぅ……目的地にはもうすぐ着きますのよねえ……」
「まだまだですよマリーナ様。山を登りはじめてほんの一時間くらいじゃないですか」
「ええー……」
ここアルダ山はなだらかな斜面が続く比較的登りやすいところです。
そのうえ教会に引きこもりがちというマリーナ様の体力を考慮して、険しい道は迂回しつつ進んでいるのですが……このお方、思っていた以上に根性がありません。
「もうやだあ! 休みます。ええ、休みますとも」
「いきなり地べたに座らないでください! 何歳ですか!」
「にじゅうななちゃい」
うわ、けっこういい歳。
なのにわたしを『ヴァレちゃん』となれなれしく呼んだりと、一般的な聖職者とはまた別の意味で、面倒くさいところがあります。
「ふうー……こうして自然の景色を眺めるのも悪くないですわあ」
「あの、マリーナ様。遊びに来ているわけじゃありませんからね?」
「忘れてはおりませんわ。必ずや神の試練を乗り越えてみせますの」
「低級のアンデッドを浄化するだけですけどね。そのうえで霊験あらたかな逸話をでっちあげ、参拝者を増やして寄付金をせしめようというのですから、たいしたものです」
するとわたしの呆れた視線に気づいたのか、
「ちがいますう! 神のお告げがあったのです! 数週間前、マリーナの枕元にグラナ様が立たれ、崇高な使命を授けてくださったのですよお!」
「牧畜の神がわざわざねえ……。で、お告げではなんと?」
「偉大なるグラナ様は『荒らされた墓を清め、呪われし獣を正しき道に導け』とおっしゃいました。それはそれは尊きお声であり、罪深きことにマリーナ、耳が孕むかと思いました」
そこで彼女はポッと頬を赤らめます。
最後のほう、さらっとなんて言いました? ド変態じゃないですか。
禁欲的な生活を送る聖職者ゆえの欲求不満を抱えていそうな彼女はさておき、
「荒れた墓というのは、これから向かうダンジョンのことでしょうか。今のところまったく信じていませんが、微妙にお告げと一致しますね……」
「そうなのお? 詳しく存じあげませんけども」
「今回の目的地は太古にエルフが作った遺跡で、発見された当時は山ほど貴重な宝物が眠っていたのですが、すでに多くの冒険者によって奪い尽くされています。そのため今となっては探索する理由がなく、アンデッドの巣窟として放置されている、というわけで」
「まさに荒らされた墓ですわね。で、呪われし獣というのは」
わたしはそこで苦い表情を浮かべます。
髪が肩にかかるほど伸びていたので、今日は邪魔にならぬよう一本に束ねております。
さながら尻尾のように。
そのうえ呪いともいえる不運のジンクスがあり、ロバートからプレゼントされた銀牙のペンダントを首にさげていることから、
「たぶん……わたしのことではないでしょうか。お告げが本当なら、ですけど」
「あはは! じゃあニャーンて鳴いてみてくだ――痛っ! 叩かないでくださいまし!」
いけません。思わず手が出ちゃいました。
だってこの人、本気でうざいんですもの……。
◇
その後も頻繁に駄々をこねるマリーナ様を励ましつつ進み、なんとか目的地にたどりつきました。
雑草の茂る斜面にぽっかりと開いた長方形の大穴。ダンジョンの入り口です。
「ところでマリーナ様、魔法は使えるんですよね?」
「もちろんですとも。でなければアンデッドを浄化しようとは考えません」
だと思ったので今まで確認しなかったんですけど、あなたの言動がアレすぎて急に不安になったんですよ。
ちなみに魔法とは大気中に漂う魔力を体内に取り込んで奇跡をおこすすべで、聖職者の場合は神の力を借りる〈神聖系魔法〉と呼ばれる系統を習得するのが基本です。
とはいえ先天的な資質を持つものしか使うことができず、一つの術式を習得するたびにかなりの修練が必要になるため、魔法の使い手自体がそこそこ貴重です。
だというのに、
「一般的なものはほぼ網羅しております。死霊を浄化する〈破魔光〉なら五回。治癒術なら最上位の〈再生〉が二回ほど、無理をすれば三回は使えるかもしれません」
わたしは驚いてマリーナ様をまじまじと見つめます。
「嘘じゃないですよね? めちゃくちゃ優秀じゃないですか」
「うふふ。幼少のころから引きこもって、魔法の修練ばかり積んでおりましたの」
それだけ使えるなら、冒険者に転職すれば大人気でしょうに。
人は見かけによらないものですねえ……。
ひとしきり感心したところで、いよいよダンジョンに足を踏み入れます。
地下遺跡だけあって石造りの通路は暗くて狭く、そのうえアンデッドの巣窟なので、
「なんだか嫌な臭いがしてきますわ。じめじめしてるし歩きにくいですう」
「我慢してください」
「ええー……。依頼主さまを快適に案内するのがヴァレちゃんのお仕事ではあ?」
うーん、お尻を蹴飛ばしたい。
しかしダンジョンの劣悪な環境と同様、それも我慢するしかありません。
そのうちにキャンプ地である広間に到着したので、マリーナ様を床に座らせて、
「もうちょい奥に進むとアンデッドが出てきますが、この広間にいるかぎり遭遇する危険はありません。わたしが敵を連れてくるまで、マリーナ様は休んでいてください」
「本当に大丈夫ですの? 暗がりから出てきたりしませんわよね」
「ええ。ここに生息しているアンデッドは低級のコープスだけですから」
彼女が首をかしげたので、わたしは説明することにいたします。
「コープスというのは特殊な魔法――この遺跡の場合は最奥の祭壇に張られた結界の影響を受けて誕生します。内部で放置された死体を闇の力で動かし、生きた人間を見つけ次第、無差別に襲わせる。すると犠牲者もまた新たなコープスとなる、という仕組みでして」
「なるほどお。純粋な魔物ではなく、侵入者を排除する罠の一種なのですね」
「そういうわけなのでコープスは決められた行動しかできないんです。生きた人間がいないときは死んでいた場所に戻り、そこから一歩も動くことはありません」
わたしはそう言いつつ、ダンジョンの地図を広げます。
「事前に下調べしてコープスの位置と数を把握、そのうえで安全におびき寄せるルートを決めてあります。この先はまっすぐな道が続くので、わたしが引き連れてきた大量のコープスは一直線に並ぶことになります。そこでマリーナさまが――」
「景気よく〈破魔光〉をズドンと。……さすが冒険者、よく考えてありますのねえ」
「戻ってきたら合図を送りますので、そのときにお願いします」
わたしはマリーナ様にそう言い残してから、ダンジョンの奥に進みます。
内部の構造は頭に叩きこんであるので迷うことはありませんし、コープスは足が遅く動きも単調なので、ちょっとご挨拶するだけで簡単におびき寄せることができます。
はーい! ギョバア! お元気? グギョォ!
んなわけないですよね! プギュオ! だって死んでるし! パギョオ!
てな具合で行列を作りつつ、あとはマリーナ様のところに戻るだけ。
コープスはしぶといので数が多いと厄介ですが、今回はさくっと一掃しちゃいましょう。
魔法というのは本当に便利ですねえ。
「マリーナ様ー。お願いしますー」
「あ、ヴァレちゃんおかえりー。……うわ」
戻ってきたわたしを――いえ、その背後からぞろぞろとやってきたコープスの群れを見て、マリーナ様はなぜか立ったまま動かなくなりました。
言い忘れていましたが、コープスとは腐った死体。
魔力の影響を受けて白骨化することなく、でろでろのぐちょぐちょという最悪のコンディションを維持しているアンデッドです。
熟練の冒険者であるわたしですら不快なグロい魔物が悪臭を放ちつつ大量に迫ってきたわけですから、免疫のないご婦人には刺激が強すぎる光景だったのかもしれません。
「あの、魔法をお願いしま」
「はう」
マリーナ様、白目をむいてぶっ倒れやがりました。
コープスを浄化させる〈破魔光〉を使う前に。
「ちょっ……! 起きて! マリーナ様! 起きて!」
彼女を叩き起こしたいところですが、それよりも先にコープスが迫ってきます。
はあい! お元気ですか? お友達になりましょう!
と訴えかけてくるように、一直線に並んで、いやほんと、ごめ、ごめんなさい。
「やばいやばいやばいやばばばばばっ! あばあああああっ!」
静かなダンジョンに、わたしの悲鳴が響き渡ります。
すべてのコープスを倒しきったのは、それから三時間後のことでした。
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