古代ギリシア・ローマでは、真の自己の発見や、神となる道の探究を目的とする様々な宗教的・魔術的団体が活動していました。その中には人々を惹きつけ、後の時代にまで影響を与えたものも存在します。
『図解 魔術の歴史』(草野巧 著)では、錬金術や占星術、有名な魔術師や魔術書など、魔術に関する歴史について時代を追って解説しています。今回はその中から、古代ギリシア・ローマ世界で流行したオルペウス密儀についてご紹介します。
目次
古代ギリシア・ローマで流行した密儀宗教
オルペウス密儀についてお話する前に、そもそも密儀宗教とは何かというところからみていきましょう。密儀宗教とは、古代ギリシア・ローマ世界で流行した宗教で、真の自己を発見することや、神的力に目覚めることを目的に、数多くの団体が存在していました。その中でも有名な密儀宗教には、エレウシス密儀、ディオニュソス密儀、オルペウス密儀、イシス=オシリス密儀、ミトラ密儀、キュベレ密儀などがあります。
これら密儀宗教の特徴は、その信仰の中心に部外者には秘密の祭儀・儀式があることだった。つまり、観念的で哲学的な教説を学ぶことではなく、祭儀・儀式に参加することで特別な宗教的経験をすることが目標だった。 『図解 魔術の歴史』p.14志願者は連続するいくつかの試練を通過することで、最奥の秘義に参入できるようになります。こうした試練を経験することで、過去の動物的自己から解放され、神的な力を得ることができると考えられていました。
古代の密儀宗教には様々なタイプがあったといわれています。その中から代表的なものをいくつかご紹介しましょう。
・エレウシス密儀
豊穣の女神デメテルとその娘ペルセポネを祭る宗教で、その内容は死後の復活や来世の幸福を保証するものでした。密儀の儀式は春と秋の年2回行われます。中でも秋の大儀式は8日間続く大々的なもので、デメテル神殿に供え物を捧げ、秘儀堂に籠って断食をしたり、秘密の儀式を行うなどしました。
・イシス=オシリス密儀
古代エジプトの冥府神オシリスとその妻イシスを祭る密儀です。密儀の内容は正確には伝えられていませんが、古代ローマ時代にアプレイウスが書いた『黄金のロバ』という書物に、イシス密儀への参入の場面が描かれており、死の試練を経て新しい自分に生まれ変わる経験をするという内容だったのではないかと想像されています。
・ディオニュソス密儀
ギリシア神話の酒の神ディオニュソスを祭る宗教で、その密儀は非常に激しく凄惨なことが特徴でした。信者たちは野山で乱舞したり、葡萄酒の飲み比べや生肉食を行ったと言われています。
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輪廻転生からの解脱を目指したオルペウス密儀
それではオルペウス密儀はどのような内容だったのでしょうか。古代世界の人々はオルペウスをすべての予言の父であり、すべての密儀の創始者だと考えていた。 『図解 魔術の歴史』p.16オルペウスはギリシア神話に登場する英雄で、7弦の竪琴を奏でる音楽家・詩人です。トラキアの町に実在した人物であるともいわれており、ディオニュソス信仰の改革者だったという説もあります。
オルペウス教はこのオルペウスを開祖として、紀元前6世紀頃にギリシアで興った密儀宗教でした。 オルペウス教では、人間の霊魂は神性を持つと考えます。霊魂は人の肉体の中に閉じ込められて輪廻転生を繰り返しており、輪廻から解脱し、肉体から霊魂を解放することを目指していました。
その手段は静かで知的なことが特徴です。信者たちは菜食主義や禁欲主義といった道徳律や、秘儀的儀式、瞑想や音楽の力によって神的熱狂に導かれたといいます。
こうした考え方は、近代的数秘術の基礎を作ったとされる哲学者ピタゴラスへと受け継がれました。ピタゴラス学院ではオルペウス的態度が重んじられたといいます。また、ピタゴラスは軌道上を回る7つの惑星がそれぞれ独自の音を出しており、そのハーモニーが宇宙の調和に繋がっていると考え、現在のドレミの基本となるピタゴラス音階を定めました。 このピタゴラスの系譜には、プラトンやプロティノス、アウグスティヌスらも名を連ねています。オルペウス密儀は、ギリシアの哲学者らが西洋神秘主義の本流を形成していく過程に大きな影響を与えたのです。
ギリシア神話の英雄オルペウスにまつわる物語
最後に、ギリシア神話の中からオルペウスにまつわる物語をご紹介しましょう。オルペウスにはエウリュディケーという妻がいましたが、ある日、毒蛇に噛まれて命を落としてしまいます。そこでオルペウスは、妻を生き返らせるために冥界へと向かいました。
困難な旅路の果てに、ついに冥界の王ハデスの前へとたどり着くと、オルペウスは竪琴を奏でて妻を返してほしいと訴えます。その演奏の美しさにハデスは心を打たれ、「冥界から帰る途中で決して後ろを振り返ってはいけない」という条件付きで、エウリュディケーをオルペウスの元へ返すことを決めました。
オルペウスは喜び、妻を後ろに従えて地上へと向かいます。ところがあと少しというところで後ろを振り返ってしまったため、エウリュディケーは冥界へと引き戻されてしまいました。
落胆したオルペウスは女性との接触を避ける禁欲的な生活を送り、人々にオルペウス教を広めるようになったといいます。
しかし、トラキア地方の女たちはオルペウスを誘惑しても振り向かないのを怨み、あるディオニュソスの祭りのときに、狂乱のうちに彼を八つ裂きにし、川に投げ込んだ。バラバラになったオルペウスの肉体は川から海に出たが、そこでも歌を歌っていたという。 『図解 魔術の歴史』p.16オルペウス密儀はこのようなギリシア神話に彩られているのです。
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ライターからひとこと
輪廻転生というと仏教を思い浮かべますが、オルペウス密儀のように、古代西洋にも輪廻の思想が息づいていたことを興味深く感じます。洋の東西を問わず、人の考えることには何か共通点があるのかもしれませんね。今回はオルペウス密儀に焦点を当てご紹介しましたが、本書ではエレウシス密儀やミトラ密儀など、他の密儀宗教についても解説しています。古代ギリシア・ローマ世界の思想世界の奥深さには驚くばかりです。