メイドや執事といえば、アニメや漫画、小説によく登場する職業ですが、本当の彼らの仕事内容や歴史についてご存知の方はあまり多くないのではないでしょうか。
『図解 メイド』(池上良太 著)では、メイド(使用人)の仕事内容や雇用主との関係、歴史的背景などを文章と図解でわかりやすく解説しています。今回はその中から、イギリスでの使用人の歴史についてご紹介します。
目次
中世~17世紀に存在した2種類の使用人
中世イギリスには、2種類の使用人が存在していました。ひとつは雇用主と同じ階層である良家の出身の子女たちです。彼らは男性でも女性でも、貴族としての生活習慣や礼儀作法を身につけることを目的に、一種の社会勉強として使用人の仕事を行います。出身階級が高いため、雇用主からは良い扱いを受けていました。
もうひとつは様々な階層出身の、いわば奴隷とでも言うべき存在の使用人です。彼らは食事や生活の安定を求めて使用人となりましたが、雇用主からの扱いは酷く、法的に身分を保証されることもありませんでした。その仕事内容には農作業も含まれるなど、農業奉公人としての役割も果たしていました。
16~17世紀になると、こうした使用人をめぐる状況は少しずつ変わりはじめます。 上流階級出身の良家の子弟は実業界に進出したり、専門職に就くことが多くなり、使用人として雇われることは少なくなりました。一方、良家の女性たちは小間使いなどの仕事で引き続き活躍しています。
それ以外の階級では女性使用人の数が増加し、1667年に出版された『女中仕事大全』には、子守女中(ナースメイド)や洗濯女中(ランドリーメイド)といった女性使用人の名が初めて掲載されることとなりました。しかし、彼らへの扱いは中世に引き続き酷く、軽いものであれば虐待すら法的に認められていたといいます。食事と衣類の支給はありましたが、給料は支払われないことも少なくありませんでした。
アメリカ独立戦争と使用人への課税問題
18~19世紀初頭にかけては、イギリスの使用人制度に変化がみられた時期です。この時期になると使用人の中に、屋敷の管理や男性使用人の雇用・解雇などを行う家令(ハウス・スチュワード)や、女性使用人の管理・統括などを行う家政婦(ハウスキーパー)といった職種が置かれるようになります。
また、中流階級の人々が少しずつ力をつけはじめ、使用人を雇用するようになったことも大きな特徴です。他にも、労働賃金の安い女性使用人の雇用が拡大したり、雇い主の使用人に対する扱いも穏やかなものとなるなど様々な変化があり、イギリスの使用人制度はだんだん整えられていきました。
しかし、1775年にアメリカ独立戦争が始まると状況は一変します。戦争の費用を捻出するため、1777年には男性使用人の保有が課税対象に、さらに1785年には女性使用人も課税の対象となったのです。後に女性使用人への課税は撤廃されますが、男性使用人への課税は残り続け、男性使用人の数が減ることとなりました。
ヴィクトリア朝は使用人の全盛期 そして現代へ
続く19世紀ヴィクトリア朝の時代は、使用人全盛期ともいえる時代です。当時、使用人を雇えるということは一種の社会的ステータスになっていました。また、当時のヨーロッパでは男性は社会に出て仕事をし、女性は家庭を守るという考え方が一般的であり、さらに上流階級の女性の中では、暇な時間をもてあます有閑女性であることが理想とされていました。こうした生活を続けるためには、身の回りの家事を行う使用人の存在が必要不可欠だったといえます。
加えて、産業革命や対外貿易で大きな利益を得られるようになった結果、中流階級の人々もますます使用人を雇うようになりました。こうした社会情勢の影響を受け、当時の使用人の数は、今世紀までの中で最も多いものになったと考えられています。
また、使用人の仕事内容や雇用主との関係にもさらなる変化がありました。
使用人たちは農業奉公をすることはなくなり、家事仕事のみを行うようになりました。男性使用人の数は大きく減り、使用人のほとんどは女性となります。また、あのメイド特有の制服が成立するなど、現在私たちがイメージする使用人の姿ができあがったのもこの時代です。
しかし雇い主と使用人の階級が近いものになったことから、両者の関係は前の時代よりも悪化し、雇い主は使用人を虐げることで、彼らとの間に強い線引きを行うようになりました。
19世紀末以降になると、女性が就くことのできる職業が増えたことや、使用人という職業の社会的地位が低下し、なり手が少なくなっていったことなどから、イギリスの使用人制度は徐々に衰退しはじめます。
さらに2度の世界大戦で貴族階級が没落すると、大勢の使用人を雇えるような裕福な階層は極端に少なくなりました。加えて、電化製品の登場やイギリスの経済状況の悪化もあり、使用人制度はすっかり過去のものとなっていくのです。
とはいえ、現代でも一部のごく限られた富裕層の人々は、執事(バトラー)や家政婦(ハウスキーパー)といった使用人を雇っています。また現在でもイギリスを中心に、世界各国に執事になるための養成学校が置かれています。使用人は希少価値のある存在として今も活躍しているのです。
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