作者:為三
華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
ゆえにわたしヴァレリーは彼らの武勇伝をねつ造、もといサポートするお仕事をはじめたのですが……実のところ武勇伝を欲しがっているのは、貴族の皆さまだけではないようで。
魔物退治と縁のなさそうなお方からの依頼も、ごく稀にあったりするのです。
◇
「もしかしてこの子、怪我をしているのでは?」
言われて注視してみると、お腹の辺りから血がしたたり落ちているのが確認できました。
脇腹の辺りが大きくえぐられていて、ほぼ致命傷と見て間違いなさそうです。
なるほど。だから襲ってこなかった――というより、途中で動けなくなったのでしょう。
「この様子なら危険はないかも」
「見ていると心が痛みますの……」
マリーナ様は心配そうに瀕死のヘルハウンドを見つめます。
しかし相手は魔物。万全の状態ならば襲ってきたでしょうし、同情は無用です。
「魔物狩りの部隊にでもやられたのでしょうか。それにしては荒っぽい傷口のような……」
「痛い痛いの飛んでけー☆」
「いずれにせよ不幸中の幸いでしたね。このまま放置して先に進みましょう」
……ん?
マリーナ様、今なんと。
わたしがギクリとして彼女を見ると、その手から放たれた柔らかな光がヘルハウンドを包みこんでおりました。
「ちょっ……治してどうするんですか! うまくやりすごせそうだったのに!」
「だってワンちゃん苦しそう」
自分より大きな獣をワンちゃんと呼ぶのは無理ありますってば。
怪我を一瞬で治す魔法なんて貴重な切り札だというのに、よりにもよってヘルハウンドに使います?
そのうえ今ので二回目の〈再生〉を使いましたから、残りはあと一回しかありません。
しかもマリーナ様ご自身が無理をしたうえで、という前提込みです。
「でも元気になったら絶対に襲ってきますよ。こっちも応戦しなきゃヤバいですから、勝ったらワンちゃん死ぬし、負けたら二人揃ってコープスの仲間入りです」
「あらあら、困ったことになりましたわね」
わお、そこまで考えていなかったご様子。
怪我をしていたから治してあげただけ。
いかなる相手であろうとも慈悲をもって接する、まさに聖職者の鑑。
しかし残念ながらヘルハウンドに、その高尚な精神が伝わるとは思えません。
「だ、だいじょうぶです。きっと見逃してくれますの……」
「そう言っているわりにひざがガクガクですね」
なんて話しているうちに、怪我から回復したヘルハウンドがむくりと起きあがります。
こうなったら覚悟を決めるほかありません。ところが、
「グルルルッ!」
ヘルハウンドはわたしたちを一瞥すると、そのままダンジョンの奥に去っていきます。
……まさか本当に見逃してくれるとは。
すると横のマリーナ様が得意げな顔で、
「ほら、ごらんなさい。かの魔物も心を入れ替えたのデス」
「棒読みで言わないでください」
とりあえずわたしは、彼女の頭を思いっきり引っぱたきました。
◇
ヘルハウンドは山岳地帯に住んでいた野犬を、エルフが魔物化させたものだと伝えられています。高度な魔法技術によって闇の力に染め、巨大な猟犬に変えたのだとか。
つまり元々は普通のワンちゃんだったわけですから、彼ら特有の義理堅い性質が残されていたのでしょう。
それはさておき、
「ほかにもまぎれこんだ魔物がいるかもしれません。慎重に進みましょう」
「よくあることなのですか?」
「いえ、滅多にありませんけど」
しかし絶対にないとは言い切れませんし、わたしには不運のジンクスもありますから。
なんて思っていたら、さっそくマリーナ様が前を指さして、
「あ、なんか動いた」
ぎょっとして視線を向けると、人影らしきものが手を振っています。
……よかった。ただの冒険者でした。
「いやあ、こんなところで誰かに会うとは思わなかったよ。遺跡の祭壇を調査しにきたのだけど、場所がわからなくて」
「あら、マリーナたちもこれからそこに向かうところですわ」
「じゃあ案内してくれないかな」
マリーナ様がこちらを見るので、わたしは「喜んで」と了承します。
祭壇の調査ということは、王都にある魔法教会に依頼されてきたのでしょうか。
雪のように白い長髪が特徴的な若い男性で、女性と見まごうほどの美貌です。
そのためマリーナ様が目の色を変えて、
(ああ、なんと素敵な殿方っ! もしかして運命の出会いかも?)
(……わたしの好みではないですね。まあご自由にどうぞ)
ロマンスに発展するかはともかく、同行者が増えたのは戦力的にもありがたいところ。
わたしたちに会って安心したのは彼も同じようで、
「ここに来るまでに怖いおじさんたちに追われるわ、ヘルハウンドに出くわすわで不幸続きでさあ、ようやく私のところにもツキがまわってきた気がするよ」
「それはそれは……あなたも災難でしたねえ。ちなみに調査とはどのようなもので?」
「この遺跡の祭壇は地下の竜脈に根をはり、アルダ山の精気を貯蔵する超遺物なのさ。愚かしいことに誰もその価値に気づかず、コープスを発生させるだけのガラクタとして放置されているが……実はほかにも使い道があってね」
へえ、それは初耳でした。
なにせ太古に失われた技術なので、いまだ知られていない事実も多数あります。
しかしエルフの遺物に詳しく、単身でダンジョンに乗りこんでくるほどですから、もしかするとこの人、かなり腕の立つ冒険者なのかもしれません。
歩いていても物音ひとつ立てませんし、あきらかにただ者ではない雰囲気。
「あ、この先を進んだら祭壇の間です。ほら、光が見えるでしょう」
「じゃあ先に行っているよ」
念願の超遺物を目前にして興奮したのか、冒険者さんはそう言い残すと、スタスタと走っていきました。
それから少し遅れて、わたしたちも最終目的地に到着します。
ダンジョンの最奥、祭壇の間は他の場所と異なり、蛍火のような光に満ちた空間です。
冒険者さんの言葉が正しいのなら、祭壇の中に貯蔵されたアルダ山の精気が、青白い輝きとして外に漏れでているのでしょう。
その光景は幻想的ながら――この世のものとは思えぬ不穏さを感じさせます。
「ではでは、マリーナも祭壇の前に……ぐえ! 急に襟首をつかまないでくださいまし!」
「すみません、でもちょっと待って」
ふいに胸騒ぎを覚えたわたしはマリーナ様を強引に制止させると、腰がけのポーチからあるものを取りだします。
それから祭壇を調査している冒険者さんの姿を何度も眺めて、首をかしげます。
やはり……おかしいですねえ。
「あのう、おたずねしてもよろしいですか」
「なんだいお嬢さん」
「あなたは自分の影を、どこに忘れてきたです?」
冒険者さんはとぼけた表情で、淡い光に照らされた足下を確認いたします。
不思議なことに、本来ならそこにあるはずの『影』がありませんでした。
わたしはポーチから取り出したものを――炎の魔法が封じ込められた〈火焔術式の巻物〉を投げ放ちます。
直後、猛烈な勢いで吹きあがる火柱。
「ヴァレちゃん……!? なんで……!?」
「だってあの人、いえ――あれ人間じゃないっぽいので」
その言葉を肯定するように、火柱の中からケタケタケタと不気味な笑い声が響きます。
懸念どおり、ヘルハウンドのほかにも恐ろしい魔物がまぎれていたようで。
わたしは戸惑うばかりのマリーナ様に、早口で指示を出しました。
「全身の血を吸われて干からびたくなかったら、戦う準備をしてくださいっ!」
「ま、まさか」
燃えさかる火炎の中から現れた魔物は、全身真っ黒に焼け焦げているというのに、異様に長く伸びた手足で床を這い、花弁のように開いた口から牙を突きだして笑いかけてきます。
生者の血をすすることで数百年の時を生きながらえ、長命種ゆえの狡猾さと知識を備える、最強最悪のアンデッド。
そう今、目の前にいるのは――。
「ヴァンパイア……」
ご名答ですマリーナ様。
できれば間違いであったほうが、嬉しいところではありますが。
◎『竜殺しの称号、金貨何枚で買いますか?』
◎他にこんな小説がオススメ!