神明裁判という制度をご存知ですか? 古代から中世初期まで世界各地で行われていた原始的な裁判で、物事の真偽や正邪を判断する際に、決闘や試罪法といった手段を用い、結果を神の手に委ねようとする制度です。
『拷問の歴史』(高平鳴海、拷問史研究班 著)では、様々な拷問法とその歴史上の位置づけについて解説しています。今回はその中から、神明裁判についてご紹介します。
目次
神明裁判①古代ゲルマン社会などで行われた決闘
決闘は、意見の違う両者のどちらが正しいかわからない場合に行われ、命を懸けた戦いに勝った方の主張が正しいとされていました。古代ゲルマン社会などでは、部族間の抗争や偶発的な事故などで殺人が起きた場合、親族が仇討ちを行います。しかし仇討ちが連鎖的に続くと、戦いの末にどちらか一方の部族が全滅してしまうことになりかねません。
そこで仇討ちの連鎖を止める方法として、決闘が採用されるようになりました。
決闘の条件は公平になるよう決められていました。13世紀の『ザクセンシュピーゲル・ラント法』では、服装や流儀など細かい規定が設けられ、決闘に挑む両者の武装も同じぐらいの物を使うよう定められています。また、決闘は必ず正午に開始することになっていました。
ただし、自身に魔術をかけたり、神や愛剣に宣誓する際に宣誓補助者が援護することは認められています。古代の決闘では、こうした精神的な要素が結果を左右する重要なポイントとなることがありました。他にも、犯罪を行った者が後ろめたさを感じて戦いに集中できなくなるというような、精神的ペナルティを負うこともあったといいます。
当初は、争いの当事者同士が決闘するという決まりになっていたため、時には戦士と農民が対戦するといった、能力差が大きな決闘が行われることもありました。しかし、このような精神的要素や神への信仰心によって、強い者が負けるケースも存在していたのです。
ところが次第に都市化が進むにつれ、争いの当事者ではなく、代理人が雇われ決闘を行うケースが多くなっていきます。代理人は罪悪感のような精神的要素の影響を受けることはないため、単純に強い者が戦いに勝つようになりました。
こうして、より強い代理人を雇えた側が常に決闘に勝つようになった結果、神明裁判の正当性は失われ、決闘制度はだんだん廃れていきました。
神明裁判②火や水を使って有罪・無罪を判断する方法
決闘以外の神明裁判として、自然の神々の審判を仰ぐ方法も挙げられます。容疑者にクジを引かせたり、火や水を使って判決を下すのです。ここでは本書を参考に、火を使う方法と水を使う方法をご紹介しましょう。・火の試罪法
容疑者に焼いた鉄を触らせたり、熱湯に手を入れさせる、あるいは焼けた鋤の刃の上を歩かせるなどの方法です。火には浄化の効果があると信じられており、潔白な者は軽い火傷で済んだり、ケガの回復も早く、逆にうしろめたさがある者は大火傷をしたり、回復が遅れると考えられていました。
本書では、これは思い込みによる効果ではないかと推測しています。人間には思い込みによって外界からの影響を緩和する能力があります。自分が潔白だと信じている者は「火傷しない」と思い込んでいるため、軽い火傷で済んだのだというのです。
・水の試罪法
水も、火と同じく浄化の効果があると信じられていました。魔女狩りが行われていた時代には「神聖な水に受け入れられた者が正しい」とされ、容疑者を縛って水の中に投げ込んで、沈めば神聖な水に受け入れられた者であり無罪、浮かび上がれば水に拒否された邪悪な者であり有罪とされています。潔白を証明できた者は浮き上がらないため、文字通り神のもとへ召されることとなりました。
試罪法には他にも、聖職者が聖別したパンやチーズを容疑者に食べさせ、のどに詰まらせれば有罪とするなど、様々な方法が考案されたといいます。
このような試罪法は、神を試す方法であり背信であるとして、後に教会から批判されるようになりました。1215年の第4回ラテラノ公会議では、聖職者が神明裁判に参加することが禁止されています。
何か事件が発生した際、現代ではDNA解析など科学的な方法で犯人像を明らかにすることができますが、古代から中世にかけての時代にはこのような技術は存在せず、現行犯以外で犯罪の立証をすることはきわめて困難でした。
さらに、当時は神や悪魔、魔術の存在がひろく信じられています。魔術の力で犯罪が行われたとなると、アリバイがあったとしても無意味であり、犯罪と容疑者の因果関係を証明することはますます困難なものになってしまいます。
決闘や試罪法といった神明裁判が衰退していき、一方で裁判制度が復興し整備されていく中で、これらの理由から容疑者の自白が唯一の証拠として重要視されるようになりました。
こうして、容疑者に自白を促し、嘘を見抜くために、裁判の中で拷問が用いられるようになるのです。
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