華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
ゆえにわたしヴァレリーは彼らの武勇伝をねつ造、もといサポートするお仕事をはじめたのですが……実のところ武勇伝を欲しがっているのは、貴族の皆さまだけではないようで。
魔物退治と縁のなさそうなお方からの依頼も、ごく稀にあったりするのです。
ひとまず前日譚として、かつてのご依頼主であるロバート様のご邸宅に招かれた際のお話から語ることにいたしましょう。
◇
「ひさしぶりだね、ヴァレリーくん。元気そうで安心したよ」
「こちらこそ、本日はご昼食にお招きしてくださりありがとうございます。王都にいるとロバート様のお名前を耳にすることが多く、他人事ながら誇らしく思っています」
わたしがそう言うと、ロバート様は端正な顔をくしゃっと崩して照れ笑いを浮かべます。
体格がよく華やかな金髪の見目麗しいお方ですので、十七というお歳のわりに大人びて見えますが、たまに二人でお食事をしていると、相応のあどけなさを見せることがあります。
その笑顔を自分のものにできればと願うものの――貴族のご子息としがない冒険者ですから、この想いは慎ましい胸のうちにしまっておくことにいたしましょう。
「君と出会ってかれこれ半年くらいか。そろそろ他人行儀で話すのはやめて、親しみをこめて呼びあうべきじゃないかな」
「でしたら、お坊っちゃまと?」
「それは実家のばあやを思いだすからやめてほしいな」
ロバート様はそう言いながら、スプーンの音一つ立てずにお食事を続けます。
灰色の髪と枯れ枝のように貧相な身体とはいえ、わたしとて二十歳のうら若き乙女。
さすがにばあや扱いはご遠慮願いたいところ。なので、
「今後はロバートとお呼びします」
「ダーリンと呼んでくれても構わないよ。ヴァレリー」
わたしは内心の感情をおくびにも出さす、露骨に眉をひそめてみます。
するとロバートは困ったように笑い、
「まったく君はバジリスクより手強いな。で、最近の調子はどうだい」
「〈武勇伝代行業〉のほうは、ぼちぼちといったところでしょうか。とはいえ肝心の冒険者としての活動は相変わらずさっぱりでして」
「君の腕前ならきっと活躍できるだろうになあ。そういえば先日、大規模な討伐任務があったようだけど」
「近ごろは東のほうで魔物が活性化していますから。税金を使いたくない大臣たちも放置しきれなくなったらしく、王都の騎士団と冒険者とで部隊を編成し、魔物を退治してまわる討伐遠征に乗りだしたとのことです」
「さすがに知ってはいるか」
「ええ。当然のようにお誘いの言葉はいただけませんでしたが」
ロバートはあからさまに「しまった!」という表情を浮かべます。
なのでわたしはクスッと笑い、
「いつものことですから。それもこれも我が身の不運ゆえ」
「君がいるとよからぬアクシデントが起こる、というジンクスだな」
「前回の討伐に参加した際には、古代竜が復活しちゃいましたし」
「なるほど。すでに一度やらかしているわけか……」
ええ。そりゃもう大変でした。
幸いにも死者こそ出なかったもの、わたしの部隊は壊滅状態に陥ったわけで。
「もしかしてわたし、呪われているのでしょうか。魔物退治というのは業の深いお仕事ですから、どこかで悪いものを拾ったのかもしれません」
「それなら神のご加護に頼ってみてはどうかな。信仰はときに悪しきものを祓うよ」
ロバートは貴族のご子息らしく、品のよいご提案をなさいます。しかし育ちの悪いわたしは神のご加護と聞いて、思わず「はっ!」と鼻で笑ってしまいました。
「おいおい、なんだその反応。君の新たな一面を見た気がするぞ」
「あら失礼。わたしの中の猫が急に暴れまして」
「ずいぶんとお行儀の悪い子を飼っているようだね。神の話はお気に召さないかい」
わたしは素直にうなずきます。
彼とは親しく呼びあうようになったことですし、己を飾るのはやめにしましょう。
「聖職者って上から目線で説教垂れやがるじゃないですか。そのうえ悪いことがあれば信仰が足りんと言い、よいことがあれば神に感謝せよですよ。あのノリがどうも好かなくて」
「俺も得意ではないな。母が信心深かったせいで幼いころは大変だった」
「ちなみに他に嫌いなものを挙げるなら、グロい見ための魔物と胸の大きな女です」
「へえ。最後のやつについてはコメントを控えておこう」
さてはお好きなんですか? 胸の大きな女。
疑念のこもった視線を注ぐわたしに、ロバートはコホンと咳払いをしたあと、
「正直に言えば君のジンクスについて、少なからず不安を抱いている。冒険者ってのは命がけの商売だ。君が旅の最中で危険な目にあったとしても、俺はそれを知ることすらない。そのうえ神のご加護に恵まれず、帰ってこなかったらと思うと……」
珍しく真剣なお声でしたので、わたしも気持ちを切り替えます。
ロバートはしばしためらったのち、
「安全な仕事についてほしいと思うこともある。しかし君はそんな器ではないし、矛盾しているようだが、俺自身、奔放な君だからこそ憧れているとも言える」
「わたしは根っからの冒険者ですから、こればかりはいくら金貨を積まれても変えることはできません。あるいはもし――」
その先はおこがましくて、口にすることはできませんでした。
お互い身分も生き方も異なるもの同士。
いっしょにお食事をすることはあっても、それ以上の進展はありえません。
だというのに彼は立ちあがると、椅子に座るわたしの前にやってきて、
「これは俺の気持ちだ。受け取ってほしい」
いきなり肩に手を伸ばしてきたので、動揺しつつも目をつぶります。
恥ずかしながら口づけをされると思ったわけですが、
「……なんですか、これ」
「幸運のお守りさ。王都の職人に頼んで作らせた」
わたしの胸元に、銀のペンダントがキラキラと輝いています。
冒険者の象徴たる牙を模した飾りに、幸運の運び手である黒猫らしき動物が彫刻されていて――これはきっとロバート自身が、わたしのためにデザインしてくれたのでしょう。
それは愛の誓いでこそなかったものの、彼の想いそのものでありました。
「ありがとうございます。これで不運のジンクスもなんとかなりそうですね」
「だといいけどな。神は信じずとも、俺の祈りは信じてくれ」
なんということでしょう。
そのお言葉を聞いただけでわたし、さっそく神に感謝しそうになりました。
◇
……数日前にそんなことがあったから、というわけではないものの。
わたしは今、王都の外れにある教会にやってきています。
ここは芸術の神マティスや光の女神カリンナといった広く知られた神々ではなく、伝承ですらあまり語られることのない牧畜の神グラナを奉っているため、参拝者が来ることすら稀で、今やすっかり寂れきっています。
かくいうわたしも参拝ではなく、武勇伝の依頼を受けるために足を運んでいるわけで。
「選り好みできる立場ではないとはいえ、あまり気が進まないんですけどね」
と、ひっそりと佇む教会を前にして呟きます。
なぜなら今回の獲物はアンデッド。
つまりわたしの嫌いな、グロい見ための魔物がお相手でして。
そのうえ依頼主というのが――。
「罪深きものよ! この場から立ち去りなさいっ!」
突如として建物の中から、若い女の声が響いてきます。
革の肩当てを身につけナイフと盾を携えるわたしを見て、なにやら勘違いしたらしく、
「見てのとおり、この神殿に金目のものはありません! それでも狼藉を働くというのなら、グラナさまの神罰がくだりますよおっ!」
「ちょっ……誤解です! わたしは物盗りではなく、こちらに〈武勇伝代行業〉のご依頼を受けにきたヴァレリーというものでして」
「あー! そうでしたそうでした! 自分でお呼び立てしたのに忘れてましたよう」
黒髪を縄のように束ねた、白いローブ姿の女性はそう言ってコロコロと笑います。
つまりこのお方こそ、今回の依頼主マリーナ様。
彼女は参拝者を増やすべく、自らの聖なる逸話をねつ造しようと思い至ったとのことで、
「あなたがこのマリーナを、聖者に奉りあげてくださるお方なのですねえ!」
期待のこもった視線を向けながら、ローブに包まれた胸をたゆんと揺らします。
聖職者。胸の大きな女。
グロい見た目のアンデッド退治。
なんと困ったことに、今回はわたしの嫌いなものがすべて揃っていやがるのです……。
◎『竜殺しの称号、金貨何枚で買いますか?』