この記事が掲載される時期には、『ダンジョンズ&ドラゴンズ スターター・セット 日本語版』『ダンジョンズ&ドラゴンズ ダンジョン・マスターズ・スクリーン』の予約が、アナログ・ゲームの取扱店で可能になっているはずだ。いまのところ、この2点が11月中にお届けできる予定で進んでいる。その先は、『プレイヤーズ・ハンドブック』『モンスター・マニュアル』『ダンジョン・マスターズ・ガイド』とコア・ルール製品が続く予定だが、時期は案内する段階に至っていない。
ただ、先にお伝えしておきたいことがある。D&D第5版の日本語版シリーズは、翻訳・編集・レイアウトは日本で行われているが、印刷・製造の工程は海外で他の言語版といっしょに行われる製品だ。このスケジュールは言語それぞれの作業の進みや、輸送、国ごとの税関の手続きといったことで大きく左右されうる。編集までで手間取る言語がひとつでもあれば製造開始は遅れるし、製造が完了しても悪天候で輸送が止まれば、止まっているだけ遅れてしまう。そのようなことから「〇月発売予定」という案内をするのみで、いわゆる「発売日」は設定はされない。
各々のショップの予約の手続きのために発売日が表記される場合もあるが、公式な発売日というものではないので、ご了承いただきたい。さて「D&D」が日本語化されるのは初ではない。日本においてもTRPGブームのスタートは「D&D」である。のちに和製テーブルトークRPGを発表するクリエイターたちは英語版のままD&Dをプレイし、テーブルトークRPGという遊びのブレイクスルーを得た。
そして待望のD&D日本語版が発売されムーブメントを起こす。その人気は、日本に多くのD&Dファンがおり、セッションが遊ばれ、イベントが開催されてきた事実があり、それにともなう影響と、D&Dがどれだけ愛されているかの証(あかし)でもある。連載5回目の今回は、日本におけるD&Dのはじまりについて紹介しよう。
最初に日本語化され、TRPGの一大ブームの起点となったのが『ダンジョンズ&ドラゴンズ セット1:ベーシックルールセット』(以降"赤箱")(新和 1985)である。赤い箱に、レッド・ドラゴンに挑む戦士(戦士のつま先は、イラストの枠をこえてこちら側にはみ出している。つまり彼は、こちらの世界から剣と魔法の世界に飛び込んで行ったのだ!)のビジュアルが鮮烈な「赤箱」と愛称される製品である。この日本語版シリーズは、すぐに日本語化されたわけではない。アメリカでのD&Dブームをうけた和製のTRPG製品が先に発売されていた中、それでも「待望の」日本語版だった。
このシリーズは英語版と同様に、青い箱の『セット2:エキスパートルールセット』、緑の箱の『セット3:コンパニオンルールセット』、黒い箱の『セット4:マスタールールセット』を中心に、現在のアドベンチャーに相当する製品の“モジュール”や、サプリメントに相当するものも含む“アクセサリー”も多数が日本語化された。
これを発火点として空前のブームを呼んだTRPGというジャンルは、日本国内からも月刊誌「RPGマガジン」(ホビージャパン 1990-1999)をはじめとする情報誌、プレイや世界構築に役立つノウハウ本や歴史的資料の書籍(『Truth In Fantasy I 幻想世界の住人たち』以降のシリーズ 新紀元社 1988- )、リプレイ(セッションでのプレイ会話を読み物として編集したもの)の書籍・文庫の展開、ゲーム月刊誌での連載リプレイのノベライズなどを多数生み出した。派生のノベライズの中にはコミック化、アニメ化を果たし、現在でも世紀を越えて語り継がれるタイトルとなった作品もある。
このブームを背景に、日本語版の「赤箱」は20万セットの出荷に至ったという数字が残っている。
以後、D&Dが創り出した新しい遊びを、同じく剣と魔法、または異なるテーマ ―― 怪奇やホラー、SF、スペースオペラ、サイバーパンク、ロボット、学園、超能力 他 ―― でプレイするものなど、多くのフォロワーが作り出したTRPGと、その日本語版も発売され、日本製TRPGも数多く制作、発売された。
さて「赤箱」は、実は今回の5th Editonへの直系ではない。本国のアメリカでは、現在“Original Dungeons & Dragons”と呼ばれる1974年の第1版ののち、1977年に入門者向けの「D&D」第2版と、本格的RPGである“Advanced Dungeons & Dragons”(以降"AD&D")にシリーズが分枝した。日本語版「赤箱」は、このうち入門編の系統の第4版にあたる。
平行するAD&Dは、それまでのボックス製品からハードカバー書籍となって刊行された。“Advanced Dungeons & Dragons Players Handbook”(PHB)(TSR 1978)、“Advanced Dungeons & Dragons Dungeon Master's Guide”(DMG)(TSR 1979)、“Advanced Dungeons & Dragons Dungeon Monsters Manual”(MM)(TSR 1977)という3冊の“Core rulebooks”という形で発売され、この区分が成立したのはAD&Dからである。最新の5th Editonは、第3版、第3.5版、第4版を経ての、このAD&Dの系譜に連なる。
AD&Dの日本語化は、AD&D 2nd Editon(“Player's Handbook”(TSR 1989))から行われ、『Advanced Dungeons & Dragons 2nd Editon プレイヤーズハンドブック』(新和 1990)、『Advanced Dungeons & Dragons 2nd Editon ダンジョンマスターズガイド』(新和 1990)、原書に沿ってバインダーにカードを綴じていく形態のモンスター図鑑『Advanced Dungeons & Dragons 2nd Editon モンスターコンペンディウム Volume One』(新和 1990)をはじめとして、原書とほぼ同じ形態で発売された。剣と魔法の世界をシミュレートするがごときボリュームから、憧れのタイトルとして知られ、現在でもコンベンションなどでDMをする根強いファンもいる。また、AD&Dの背景世界やサプリメントは、以降の5th Editonに至ってもモチーフとなったりリメイクされたり、続編的な内容のものが製作されるなど、継承されている部分も多い。
D&Dの誕生や、かかわった人物や経緯などについては『最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス~想像力の帝国~』(ボーンデジタル 2016)で読むことができる。これは“Empire of Imagination: Gary Gygax and the Birth of Dungeons & Dragons”(Bloomsbury 2015)の翻訳で、Gary Gygax が2008年に没するまでの伝記であり、D&Dの成立から現在に至るまでの歴史でもある。
AD&D 2nd Editonの次に翻訳されたのは、米国で入門編としてバージョンを進めたD&D第5版“Dungeons & Dragons Rules Cyclopedia”(TSR 1991)である。これは日本語へ訳すだけでなく、内容を抜粋し文庫に収録するという日本のTRPG市場向けのローカライズを行い、「D&Dルールサイクロペディア1 プレイヤーズ」(メディアワークス 1994)、「D&Dルールサイクロペディア2 ダンジョンマスターズ」(メディアワークス 1994)、「D&Dルールサイクロペディア3 モンスターズ」(メディアワークス 1994)として刊行された。このシリーズは、シナリオ集、リプレイも文庫で刊行された。ただし、それ以降のルールパートの日本語での刊行はなかった。
“Dungeons & Dragons Rules Cyclopedia”系統の原書の製品は、公式のe-bookサイト“DUNGEON MASTERS GUILD”(http://www.dmsguild.com/)において“Basic/Expert”という区分に、その多くが公開されておりデジタル・メディアで購入することができる。
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