ファンタジー小説やRPGの世界では、主人公が訪れる都市は、王様と貴族、騎士団によって統治されていることが多いと思います。では実際の中世ヨーロッパの都市はどのように統治されていたかというと、必ずしもファンタジーの世界と同じではなかったようです。 『図解 中世の生活』(池上正太 著)では、ヨーロッパを中心とした中世の人々の暮らしについて、様々な角度から解説しています。今回はその中から、自治都市と呼ばれる新しいタイプの都市についてご紹介します。
目次
自治都市の誕生~中世の都市の運営組織とは
中世の都市は、領主や皇帝、司教によって支配されていました。しかし11世紀になると経済活動が活発になり、交易の中継地点や貿易港を中心として、各地に新たな都市が誕生しはじめます。こうした都市も当初は領主の支配下にあり、保護や援助を受けていましたが、12世紀以降、商業活動の発展とともに領主の支配を逃れ、自分たちで都市を運営したいという市民運動が発生します。
この市民運動はコミューン運動と呼ばれ、フランスやイタリア、ドイツなどヨーロッパ各地で盛んに行われるようになりました。コミューン運動の結果、国王や領主、皇帝から特許状を与えられて市民が統治を行う「自治都市(コミューン都市)」が各地に誕生します。ドイツでは、逆に領主自ら率先して都市を建設し、自治権を与える代わりに直接税を取って収益を得ようとしたケースもありました。
自治都市を運営する組織は地域や都市により様々です。たとえばイタリアやプロヴァンス(フランス)では有力市民から選出された執政官や議会が、またドイツでは有力市民から構成された参事会と市長とが、都市の政治を取り仕切っていました。
領主や司教はこうした自治都市の政治運営組織に裁判権、警察権、徴税権、兵権を与え、国家の利益に反しない範囲内でその行使を認めます。自治の度合いは都市によって異なっており、王権支配の強い都市では王の代官が派遣され、都市の政治運営を統括することもありました。
都市によっては領主と参事会などの都市運営組織とが対立することもあります。領主側は戦争や武力による略奪も経済活動の一環とみなしており、交易や商売のために治安や安定を重んじる参事会側とは都市運営の方針が一致しないことがあったのです。両者の対立は時に武力闘争に発展する場合もありました。
このように、実際の中世ヨーロッパでは、国王や領主の下に自治権を認められた都市も存在しており、ファンタジーRPGの世界のように、国王や領主が全ての都市を直接支配していたというわけではありませんでした。
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中世の都市の住人たち~参政権を持つのはごく一部
では当時、有力市民とされ都市の政治を取り仕切っていたのはどんな人々だったのでしょう?都市生活者の上層部に位置するのは、都市在住の騎士を含む大規模土地所有者、都市を支配下に置く聖俗領主の役人、遠隔貿易商人や金融業などの有力商人、有力な職人ギルドの親方といった面々である。 『図解 中世の生活』p.106都市の政治を取り仕切っていたのはこのような有力者たちで、都市貴族とも呼ばれていました。彼らは参事会などの役職を独占し、行政・司法を掌握しただけでなく、都市の住人の中でも裕福で、いわゆる上流階級として扱われていました。
この他、司教や司祭といった聖職者も都市の中で宗教的に独自の地位を保っています。
政治的に都市貴族の下に位置していたのは、商工ギルドの親方や裕福な知識人などから構成される市民です。当時、都市に暮らす住人の中で市民とされたのはごく一部の層で、市民権を得るには一定期間の納税や土地の所有が条件とされていました。
俗にブルジョワジーとも呼ばれた彼らは参政権を持ち、納税・兵役・裁判義務を負っていました。現代の日本では、一般に「ブルジョワ」というとお金持ちのことを指しますが、本来ブルジョワジーとは上流階級ではなく、中流階級を意味する言葉だったのです。
市民の下には、居留民と呼ばれる雑多な人々が存在します。下級役人や職人、奉公人、日雇い人夫など、都市の人口の大半を占める住人です。彼らに参政権はありませんでしたが、参政権を持つ市民と同様に納税・兵役・裁判義務を負わされていました。
さらに都市の最下層部には、周辺民と呼ばれる人々も存在します。傭兵や娼婦、外部から流入した農民、逃亡者、乞食などで、社会的に排斥されていました。
当時のドイツでは、農村に住む農奴も、都市に逃亡して一定期間が経てば農奴の身分から解放され、自由になることができるという原則がありました。13世紀以降、こうした逃亡農奴が都市に流入するようになり、「都市の空気は自由にする」という諺が生まれます。
中世の都市はこのように多種多様な住人から構成されています。自治都市といっても全ての住民が政治に関わっていたわけではなく、参政権を持ち都市の運営に携われたのはごく一部の住民だけでした。
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