王様や騎士の盾に描かれるなど、ヨーロッパではかかせない紋章。中世ヨーロッパ風の作品を創作する時に、小道具として紋章を使えたら素敵だと思いませんか。
『図解 紋章』(秦野啓 著)では、紋章とは何か、どんな種類があるかといった基本的なところから、歴史上の有名人の紋章や図案の意味まで、イラスト付きでわかりやすく解説しています。今回はその中から、王家の紋章によく使われている獅子と鷲の図案についてご紹介します。
目次
王家の紋章①ヨーロッパ各国で人気の獅子の図案
獅子が紋章やその類似物の図案として使われるようになった歴史は古くから(恐らくは記録すら残っていないほどの昔から)あるが、紋章へと続くものとして使用された最初期の記録は12 世紀のイングランド王リチャード1世の印璽であった。 『図解 紋章』p.58ヨーロッパでは印璽(いんじ)といって、文書や手紙の封筒などに差出人を証明する判子のようなものを押す習慣があります。この習慣は羊皮紙が使われていた中世の頃にはすでに存在しており、リチャード1世の使っていた2つの印璽には、どちらも獅子の図案が用いられていました。中でも1194年頃から使い始めた印璽は、現在のイギリス国王の紋章へとデザインが受け継がれています。
獅子を使った紋章は王権や権力の象徴であり、動物をモチーフとした図案の中でも人気があります。イギリス以外にも、スペインの旧王国レオン、オランダ、スコットランド、ボヘミア、デンマークなどで、紋章の中に獅子が取り入れられてきました。
王家以外の貴族もこれを紋章としていた。12~ 14 世紀のイングランドの紋章のうち、頭文字Aの家だけでも百を超える家が獅子を図案として採用していた。 『図解 紋章』p.58紋章には「同じ紋章の同時利用の禁止」というルールがあります。獅子の紋章はたくさんの者が使用したため、このルールに違反しないよう、多数のバリエーションが作られました。これらの紋章は、獅子の体の姿勢や顔の向きによって分類することができます。
また、獅子が武器を手にしている紋章もあり、多くの場合、その武器には由来があります。たとえばフィンランドの国章には赤地に金色の獅子が描かれていますが、獅子が手にしている剣は国防を、後脚で踏み付けている剣はロシアを意味しています。これはかつて、フィンランドがロシアと戦争していたことに由来しています。
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王家の紋章②神聖ローマ帝国を中心とした鷲の図案
鷲の図案は古くから権力の象徴とされ、まだ紋章という概念がなかった古代ローマ帝国やヴィザンツ帝国でも皇帝の印として使われていました。記録に残っている限りでは、9 世紀の西ローマ皇帝シャルルマーニュ(カール大帝として知られる人物)が戴冠した際、居城に鷲の印を取り付けたのが、紋章やその係累物として鷲が登場する最初期のものだ。 『図解 紋章』p.60また現存する最古のものとしては、13世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の時代のものがあります。彼の紋章は「金地に黒い鷲」という神聖ローマ皇帝の紋章と、「金地に3頭の黒い獅子」という彼の実家ホーエンシュタウフェン家の紋章とを組み合わせたものです。
紋章に用いられる鷲の図案には大きく分けて2 種類ある。一つは単頭の鷲、もう一つは双頭の鷲である。これは図案の出自によるもので、前者は西ゴート族に由来し、後者はヴィザンツの様式であるとされる。双頭の鷲の図案は常に正面を向いているという特徴がある。 『図解 紋章』p.60鷲の図案にもたくさんのバリエーションが存在します。中でも有名なのは、神聖ローマ帝国皇帝やロシア皇帝、フランスの英雄ナポレオンなどの紋章に用いられた、翼を広げた鷲の図案です。神聖ローマ皇帝の紋章に使われているものは特に「イーグル・インペリアル」と呼ばれます。
鷲の図案は現在でもアメリカ、ロシア、ドイツなどの国章に使われています。また、エジプトやイラクなどのアラブ諸国でも金色の鷲を国章として使用しています。
王家の紋章③獅子VS鷲?! 紋章に隠された対立とは
ここまでご紹介してきた獅子と鷲の紋章について、フランスの歴史学者ミシェル・パストゥローが提唱している興味深い説をご紹介しましょう。13 世紀頃のヨーロッパでは、皇帝(神聖ローマ皇帝)に対して不支持の意志を表明する者たちが獅子を紋章に組み込んだとも言われている。これは王権のもう一つの象徴であり、神聖ローマ皇帝の紋章図案である鷲の紋章との対立を表わしていたのだという。 『図解 紋章』p.58中世最初期の時代には、ケルトが猪、ゲルマンが熊をシンボルとして用い、対立していました。彼の説によれば、獅子と鷲の紋章の対立は、このケルトとゲルマンの対立関係を紋章体系の中で援用したものだというのです。
紋章は12世紀前半、つまり第2回十字軍前後の時代に騎士たちの騎馬試合の中で生まれ、戦場で旗印としても使われてきました。獅子と鷲の対立もまた、直接的な戦争ではないにせよ、対立の旗印のようなものだったのかもしれません。
本書で紹介している明日使える知識
- 主君より与えられる紋章
- 仄めかしの紋章
- 架空人物の紋章
- ヨーク家とランカスター家
- 人獣類& 海獣
- etc...