作者:白城海
かつて人類を救った勇者は、仲間の裏切りにより無残に殺された。
しかし七年後。勇者は復讐の殺人鬼として復活していた。
今回のターゲットは『人類最高の大魔導士』、ロア。
裏切り者のロアたちによってかつての能力を奪われた勇者は、怒りだけを武器に不死身の魔法使いに挑む。
絶対に死なない魔法使いを殺す方法とは……?
■もう七年になる。
先ほどまで邪悪な魔導士の助手を演じていた男は闇の中で感慨深げに息をついた。部屋
に明かりはない。完全な闇だ。
暗闇の中で五感を研ぎ澄まし、観察する。ロアの呼吸音が変わった。目を覚ましたのだ。
普通の人間ならとっくに死んでいる薬物量だったが、どうやら並ではない毒物耐性をもっ
ているようだ。
ロアが呪文で光を生む。だが、自分までは届かない。ここは学者たちが大規模な研究発
表をするためのホール。広さに加え、机や椅子などの多くの障害物が自分の身を隠してく
れる。
「罪人ロア。お前は多くの禁忌を犯した」
姿を消したまま、静かに告げてやる。
「自分は一切の痛みを感じず、無関係な他人を人体実験の材料にした。牧場の人間を増や
すためにわざわざ鉱山事故を起こし、多くの人間を無意味に殺し、そして生き残りを実験
材料にするためにさらった」
ロアが七年間で行ってきた非道を淡々と告げていく。
戦争を生き残った魔族の水源に毒をまいたこと。牧場の人間を己の嗜虐心を満たすため
だけに殺したこと。特に、小さな男の子の悲鳴に興奮すること。
それらはまさに人間の所業ではなかった。一つ語るたびに怒りと憎しみが形になってい
くのが自分でもよく理解できるほどだ。
しかし……
「知らないのか? 命というのは、それぞれ重みが違うんだよ。私の研究が実を結べば百
万千万の人が救われる。世界から死と病が消え、人々は永遠の安寧と繁栄が約束される。
ゆえに私の命は百万の人間より重い。 そんな私が
「お前は想像できないのか。他人の痛みを」
「ブタは痛みを感じない」
「ブタはお前だ。クソ野郎」
魔導士の言葉は虚飾だ。人類の安寧と繁栄など大嘘だ。
自分は知っている。ロアが不老不死の実験を繰り返す本当の目的を。
「お前は人類のことなんて考えちゃいない。ただ自分のためだけに不老不死を求めている。何せ《英雄の力》は不死であれど不老ではないんだからな」
ロアの体がわずかに動揺で揺れる。不死の体を得たとはいえ、随分と心理戦には弱くな
ったものだ。
「お前の最大の罪を教えてやる。《英雄の力》欲しさに五人の共犯者とともに友を殺し、
その能力をそれぞれ分けあった……裏切りの罪だ」
告げた瞬間、ようやく邪悪な魔導士は大きな動揺を見せた。
「誰だ、誰だ貴様は……! 何故それを知っている」
その言葉を引き金に、偽装を解いて姿を見せる。
魔法の光の届かない部屋の隅に変化が起きた。
暗闇に溶ける薄い皮膜が黒い束へと変化する。束は首元へ吸い込まれ、漆黒のマフラー
へと姿を変える。
脳裏に浮かぶのは故郷に巨大な火の玉が落ちる場面だ。村人たちは恐怖に凍り付き、あ
るいは悲鳴を上げ、そして紙屑のように焼けていった。
隣人も、幼馴染も、恋人も、家族も、みんなみんな。
すべてが焼け落ち、たった一人這いつくばる自分を見て、この男は䢣䢣ロアは悪魔のよ
うな笑みを浮かべ見下ろしていたのだ。
「忘れたのか、この顔を」
そして『彼』はゆっくりと光へ進み出て、告げた。
「お、お前は……そんな、まさか…! どうしてっ!」
驚くのは当然だ。
魔導士ロアの前に立っているのは、かつて彼が殺した男
「英雄……クオン。どうしてここに……」
「どうして? その質問にだけは答えてやる」
さらに一歩前に出て、親指で首を掻っ切るポーズをとり、言ってやる。
「死刑の、執行だ」
「復讐か。あさましい男だ」
ロアの判断は早かった。短い呪文を詠唱し、光弾を放つ。狙いは心臓だ。
下級の攻撃魔法とはいえ、人類最高の魔導士が放てはそれはもはや兵器。かすっただけ
でクオンの胴体はちぎれ飛ぶだろう。
ただし――見え見えでなければの話だ。
「《モラルタ》!」
命令とともにクオンの首に巻かれた漆黒のマフラーが波打つ。
黒い液体のようにうごめくマフラーがクオンに左手へと巻き付き、瞬時に盾の形状をと
った。
直後、金属同士がぶつかり合う甲高い音が狭い部屋に響き渡った。
クオンの胴体は、無事だ。
「ほう、形状変化するマフラーか。強度も申し分ない。なかなか面白いオモチャを持って
いるようだな」
不意打ちを受け止められたロアだったが、余裕の笑みを浮かべていた。顎を上げ、クオ
ンを完全にあざ笑っている。
なぜなら――
「だが肝心の使い手が脆すぎやしないかね?」
魔法の光弾を受け止めたクオンの左腕はあらぬ方向に曲がっていたのだから。盾は攻撃
を受け止めたが、その衝撃にクオンが耐えられなかったのだ。
「お前から《英雄の力》を奪ったのは我々自身だ。つまり、だ。今のお前はただの人間っ
てことじゃあないのかなァ?」
ロアの笑いは止まらない。短い呪文を挟みながら、言葉を繋げていく。
「よくもまあ、そんな体で私の前に姿を見せれたものだ。奇襲には驚いたが、タネが割れ
てしまえば大したことのない。お前は助手に化けたんだ。そのマフラーで」
正解だ。さすがの洞察力といえる。
クオンが復讐のために手にした漆黒のマフラー《モラルタ》は、憎しみや怒りを動力源
として、自由に形状や質感を変化させる。
武器にも、盾にも、布にも、人間の表皮にさえも形を変える。その上、繋がってさえい
れば自由に動かせる。仇敵に対峙するいま、クオンの怒りは限界を振り切れている。物理
法則の限界に匹敵するほどの無茶な機動や変形ができる確信があった。
だが、肝心の使い手であるクオンの身体能力はただの人間程度。ロアは気づいていない
が、魔法さえも使えない。
「よくもまあ、そんな実力で私の前に姿を見せれたものだ」
ロアが喋りながらも合間に呪文を唱え、大量の光弾を生み出す。
その数、およそ五十。戦闘力の差は圧倒的だった。
「さあ許しを乞え、愚かな復讐者よ! そうすれば苦しまずに殺してやる」
「許しを乞うのはテメェだ。いくらでも聞いてやるよ、地獄の底でな」
「笑わせてくれる!」
叫ぶと同時、無数の光弾が一斉に放たれた。一撃必殺の弾丸の嵐が机を、椅子を消し飛
ばしながらクオンに向かい来る。
しかし――
光弾がクオンのいた場所に到達したとき、すでに彼は姿を消していた。
「小賢しい……」
憎々しげにロアが吐き捨て、魔法の明かりを強化する。
「なるほど、そういうことか」
ロアが納得の声を漏らす。クオンが闇に乗じて仕込んでいたものを見たのだ。黒いマフ
ラーの先端が無数のロープに変化し、部屋中に伸びている。それはまるで蜘蛛の網のよう
だった。
「室内に張り巡らせたロープを収縮させて回避したか。まるで虫だな」
天井に張り付くクオンを見てロアが笑う。危機は去っていない。光弾はまだ残っている。
ロアが指をくいと動かすと、光の群れは天井に向かって襲い掛かってきた。
今度は間隔を広げ、より回避しにくい軌道で、蜘蛛の糸をも引きちぎりながら。
「……っ!」
必死にロープを収縮させるが間に合わない。折れた左腕の先を光弾がかすめる。肘先か
ら消し飛んだ。出血はない。傷口が高温で焼かれたからだ。
哄笑を上げながらロアがさらなる追撃を放つ。光弾が、灼熱の熱線が、神速の稲妻がク
オンに殺意の牙を剥く。
それでもクオンは諦めない。
壁を、床を、天井を、机を軸に無軌道に飛び回る。
飛ぶ、伸ばす、縮める、避ける。しかし無数にあったはずのロープのほとんどは攻撃に
巻き込まれ消えてしまった。それも僅か一瞬で。
伸ばす、縮める、被弾する。右足が蒸発する。ロープの数が足りない。動きが読まれて
いる。
永遠にも感じる数秒の回避の中で、ようやくクオンが攻勢に回った。
ロアの死角に回り、モラルタを伸ばし変化させる。狙いは相手が生み出した魔法の光だ。
「封じろ」
命令と同時、首から伸びたマフラーが石棺へと変化して完全に光を覆う。そのままクオ
ンはロープを操作し距離を置いた。
残されたのは攻撃魔法が放つわずかな明かりと、それでも余裕を失わないロアだけ。
こちらの犠牲は左腕と右足。もはや歩くこともかなわない。それに対して相手は無傷。
地面に這いつくばりながらロアをにらみつける。圧倒的劣勢だったがクオンに恐怖なか
った。
何せ、すべて予定通りなのだから。
「チェックメイトだ。悪の魔導士。テメェはこれから死より恐ろしい絶望を味わう」
そしてクオンは闇に溶け込んだ。
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