『図解 城塞都市』(開発社 著)では、城塞都市を攻囲・防衛するためのさまざまな方法が具体的に紹介されています。
本書を参考に、これまで2回にわたって城塞都市に攻め入る方法を考察してきましたが、今回は逆に防衛側の立場から考えてみましょう。城塞都市を囲む城壁は、どのような設計で建設すれば防御しやすくなるのでしょうか。
目次
城壁の設計①歩廊のつくりと役割とは
まずは城壁上部のつくりや役割についてみていきましょう。城壁の頂部は石畳が敷かれ、歩廊(マチコレーション)と呼ばれる通路になっています。歩廊には壁が設けられ、敵の攻撃から身を守れるようになっていました。この壁のことを胸壁といいます。多くの場合、胸壁は片側(城塞都市の外に面した側)だけに設置されていましたが、中世後期の城塞の中には、歩廊の両側に胸壁が設けられたものもあります。詳しくは次の項目でご紹介しますが、胸壁にはたいてい射眼が穿たれ、外の様子を監視できるようになっていました。
こうしたつくりの歩廊にはいくつかの役割がありました。 ひとつは兵を配備し物資を供給する時の経路となること、もうひとつは周辺地域の動向を監視する場所となることです。また城塞の防衛戦ではたいていの場合、指揮命令は城壁の上から出されました。歩廊は見晴らしが利く場所なので、監視や戦闘指揮にはぴったりだったのです。
本書では歩廊の例として、『進撃の巨人』のモデルのひとつではないかといわれ、世界遺産に登録されている歴史的城塞都市カルカソンヌの例を紹介しています。カルカソンヌの歩廊は城壁小塔を通過するようにできており、少し広めの空間となっている城壁小塔の内部は、衛兵詰所として使われていました。
小塔の内壁には暖炉設備があって、上部は石造の覆いがある。屋根があり、扉が設置されていたことも明らかである。寒い時期、衛兵が外壁の射眼から監視を続けているときに、風雨を避けて暖をとれるようになっているのだ。 『図解 城塞都市』p.152このようにカルカソンヌの歩廊や小塔は、有事の時だけでなく、普段でも衛兵が仕事をしやすくなるよう考えられた構造になっていました。
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城壁の設計②胸壁に設けられた狭間って?
では歩廊を防御していた胸壁はどんなつくりになっていたのでしょう。胸壁はたいてい、凸壁と狭間が連続した形になっていました。凹凸という漢字がありますが、胸壁はまるでこれらの漢字を組み合わせたかのような形をしており、低い壁である凹の部分を狭間、壁が少し高くなっている凸の部分を凸壁と呼びます。階段があるところでは、凸壁も階段に合わせて高めに設計されるなどの工夫も施されました。
また凸壁、狭間のどちらにも、頂部には少し外側に飛び出ている笠石が設置され、敵の矢が歩廊や城内に侵入してくるのを防いでいました。
1200年ごろになると、凸壁に射眼が穿たれるようになります。
射眼はいろいろな形がありますが、たいてい縦に細長い穴で、内から外に向かってだんだん広くなる朝顔口になっており、兵士たちは凸壁で身を隠しつつ、射眼から周辺の状況を監視したり、飛び道具を発射することができました。
胸壁はこのように工夫されたつくりになっていましたが、狭間の部分は壁が低くなっているため、敵兵に体をさらすことになってしまうという欠点がありました。
そこで、狭間の部分に鎧戸を設けるという方法が考え出されます。
鎧戸は木製で蝶番式になっており、凸壁に溝穴を彫って鉄製の取り付け具で固定されていました。鎧戸を閉じれば敵兵の攻撃を防御でき、開ければこちらから攻撃することもできます。もう敵兵に身をさらさなくてもいいのです。
さらに鎧戸は大小2重に設置されることもありました。こうすることにより、屋根付の歩廊で狭間の上部に開放部がない場合でも、鎧戸の設置や取り外しが簡単に行えるようになりました。加えて、上部の鎧戸だけを開けて換気や採光を行えるという利点もあります。
歩廊と胸壁は最初むき出しの状態でしたが、やがて時代が下ると、屋根や丸天井で覆われるようになりました。さらに射眼は胸壁だけでなく、城の内部にも設けられるようになります。
こうした射眼は、弓やいし弓での遠距離攻撃のためのものでしたが、小型銃が戦闘に使われるようになると、14世紀後半以降、イギリスやフランスで射眼に替わり銃眼が導入されるようになりました。
このように、時代や地域によって城壁の構造は少しずつ変化していきました。しかし構造は変化しても、その根底には城塞の防御に対する設計者の熱意があったことに変わりはありません。ヨーロッパの城を訪れたり、創作物で城塞都市の描写をする際は、今回ご紹介したような点にも着目してみると新しい発見があるかもしれません。
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- etc...
ライターからひとこと
今回ご紹介した城壁のつくりはヨーロッパだけでなく、中国の万里の長城などにもみられます。時代や場所が違っても人間の考えることはたいてい同じということなのでしょうか。なんとなく知ったつもりになっている城壁ですが、実は狭間や射眼の形など、様々なバリエーションがありました。本書ではイラスト入りで紹介していますので、ぜひお手に取ってみてください。