私たちの世界とターミナスで繋がる様々な異世界。各国の探検隊が持ち帰る報告は驚くべきものばかりですが、異世界にあるのは不思議な現象や変わった風習を持つ知的生命体ばかりではありません。実は、まるで私たちの世界と変わらないような風景も、動物たちの営みも、沢山あるんです。
たとえば、ネコ。
他の地球上の動物たちと同じように、ネコも異世界で沢山見られます。ネコたちはやっぱり、ある世界では逞しく、あり世界ではノンビリと生きています。この番組では、そんなネコたちの姿を、この異世界ネコリポーター、ミニッツテイル・イワノヴァがお届けします。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。今回はなんと、いつもの倍のスペシャル版でお届けします!
うーん、随分豪華な洋館だなぁ。床には緋色の絨毯がひかれ、壁には素敵な油絵が掲げられていて、金色の綺麗な装飾で彩られています。でも私、建物の歴史にはあまり詳しくないですが、これって少し時代が違いません? 街は中世といった具合でしたが、この館は近世といった感じが……
「はい。ご推察の通り、十八世紀のウェールズの館を移築したものです」
十八世紀……ん、ちょっと待ってください? それって私たちの世界から移したってことですか?
……白ネコ執事のセバスチャンさん、ニヤリと笑うだけで答えてくれません。
セバスチャンさんが奥まった所にある扉を開くと、とても素敵なお部屋が現れました。何というか、いかにも洋館の豪華なお部屋といった感じで……語彙が乏しくてすいません。とはいえこういうお部屋に住んだことがないので、素材とか装飾とか説明出来なくてですね。
「カウチソファはベルベット、絨毯はペルシャ産、家具類はオークよ」
あ、ありがとうございます。と、説明いただいたのは、沢山のレースや金銀宝石の刺繍で彩られたドレスを着たお美しい女性です。両脇にセバスチャンさんと似たような白ネコ執事さんが二匹立っていますが、彼女自身はネコではなく、アラサーくらいの人の女性ですね……
「主人のフレイア様でございます」
フレイア様? ひょっとしてあなたは、あの神話のフレイヤ様ご本人?
「違うわよ。フレイヤ様にあやかって、って、名付けられただけ」
ははぁ、それが混乱の元かぁ。
「混乱って何? 格好からするとあなたたち、ビアトレンでしょ。何の用?」
むっ。この方もセバスチャンさんと同じく、かなり知識のある方のようです。えっと、実はかくかくしかじか、こんな話でして。街の人たちが困ってるんです。どうか呪いを解いて、たまに大ネコさんたちを遊びに行かせてもらえませんか?
「は? 呪いとか馬鹿じゃない? あるわけないじゃんそんなの。あなたたち、どんな原始世界から来たの?」
あ、いやいや、呪いなんて迷信、信じてるわけないじゃないですか! あははー……。しまった、暗い雰囲気にビビってしまって、文明人らしからぬ態度を取ってしまいました。フレイア様からは何かサドっぽい視線を送られています。不味い、このままでは私たちも大ネコに変えられてしまうことに……
「んなこと出来るわけないじゃない。呪いだネコ化だと、ほんと遅れた連中ねぇ」
いやいや、私たちの世界、わりと進んでるんですって!
「じゃあ、アンタが馬鹿なのね」
……ぐぅ。さすがフレイヤ様の名を継ぐだけあります、フレイア様はなかなか鋭い突っ込みをしまくるサドさんのようです。
「まぁいいわ、話はわかった。でも街の周りが湿地に変わったのは、お父様が北の森を焼いたせいよ。おかげで川筋の保水力が落ちて地盤が弱まり、洪水が頻発するようになった。それに疫病が流行ったのはネコを追い出しちゃったからよ。ネズミが病原体を媒介することくらい、知ってるでしょ? 全部自業自得よ」
ははぁ、あの昔話にも、どうやら多少の真実が含まれていたようです。
フレイア様によると、事の成り行きはこんな感じだったそうです。確かにフレイア様は大ネコが大好きで、男爵はそれを快く思っていませんでした。それで大ネコを捕らえて殺すよう部下に命じたのですが、フレイア様は捕らえられた大ネコを檻から救い出し、一緒に北の奥の森に逃げてしまったそうです。そのとき助けた大ネコが、フレイア様の両脇に立つベイグルとトリエグルという執事ネコさんでした。
「人間と一緒に戻ってきたベイグルとトリエグルを見て、わたくし、このセバスチャンは困ってしまいました。この二匹は幼いあまり、人間というものを良く知らなかったのです。街には行くなときつく言っていたにもかかわらず、面倒に巻き込まれる始末……しかし状況からして、フレイア様には二匹を助けていただいた恩義があります。そこでこの洋館を作り、フレイア様にお仕えする事にしたという次第です。この時間軸で言うと、もう百年ほど昔のお話でしょうか……」
ひゃ、百年も前のお話なんですか? じゃあフレイア様って、もはや化け物的な存在に……?
「だから呪いとか化け物とか止しなさいって。私は普通の人なんだってば。ただ、ちょっとばかり、あちこち旅をしてるから。歳が変になっちゃってるの」
一体どんな旅なんですか……まぁいいです、これ以上伺っても、私程度の頭じゃ理解できそうもありません。とにかく百年も経ってるし、男爵も亡くなってるんです。そろそろ街を許して、一回くらい顔を出してもいいんじゃありません?
「ちょっと待て。なんかいい話にしようとしてるけど、アンタがネコの被り物壊しちゃったのをカバーしたいだけでしょ」
……ぐぅ。相変わらず鋭い突っ込み……ま、まぁ、でも、一回くらい、何とかなりません? ほら、里帰り的な感じで……別に戦車とか牽かなくていいですし……
「まぁ別にいいけど。何をくれるの?」
な、何を?
「だってそうでしょ。これカーニバルのパフォーマンスの仕事でしょ? なら何か報酬をもらえないと。ねぇセバスチャン」
「左様でございます。ここのところ、色々と物入りでございますし……」
参ったなぁ。フレイア様も大ネコさんたちも、かなり私たちより科学技術的に進んでるみたいだし。ディレクターさん、なにかありましたっけ。アナログ時計、カメラ、マッチにハンドライト……
「随分ガラクタばっかねえ。核融合エネルギーセルとかないの? ちょっと今切らしてて困ってるんだけど」
い、いやぁ、そんな物を持ってくるには政府の許可が……
「随分お堅い世界ねぇ……って、ちょっと待って、何これ。なんかクルクル回るけど」
あ、それ、私たちの世界の最先端技術の結晶です! その名もハンドスピナー!
「最先端って、ベアリングで回るだけの機械じゃない……まぁこれくらいの精度のベアリング作るには、それなりの技術が必要だけど……ってなにこれ……ちょっとセバスチャン、これやってみて」
「ほほう……これは面妖な……」
ほっ、またしてもハンドスピナーに救われました。どうやらこの取引、成功しそうです。せっかくですから、セバスチャンさん、オマケにちょっと、お腹モフモフさせてくれません……?
「丁重にお断りいたします」
ちぇっ、けちー。
◇◇◇
私たちはお祭りの最中、牧場のご主人に睨まれ続けて気が気ではありませんでしたが、ベイグルさんとトリエグルさんが戦車を牽いて現れてくれたおかげで助かりました。フレイア様も結構ノリのいい方で、中世の甲冑を身に纏って戦車に乗り、高笑いしながら広場を駆け巡っています。おかげで観光客さんたちも大喜び! フレイア様は甥っ子さんの現男爵とお会いになり、今後ちょくちょく遊びに来るということで話はまとまったようです。
しかし不思議な人たちでしたねぇ。ネコに関して、私たちが知らないことは沢山ある……そうセバスチャンさんが仰っていましたけど、それって一体、何でしょう。気になるなぁ。
とにかく一件落着、フレイア様の戦車は、今日も大ネコに牽かれて街を疾走しています。ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きスペシャル、今回は〈中世の世界〉から、〈フレイア様のネコ戦車〉をお送りしました!
-END-
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