サラマンダーといえば4大精霊のうちの火の精霊であり、土の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフとともによく知られている存在ではないでしょうか。しかし歴史を紐解いてみると、サラマンダーは元は火の精霊ではなく、少し違った存在として考えられていたようです。
『幻想生物 西洋編』(山北篤 著)では、神話やファンタジーに登場する西洋のモンスターの起源やエピソードを解説しています。今回はその中から、サラマンダーのイメージが人々の中でどのように変わっていったかをご紹介します。
目次
サラマンダーのイメージ①実在する生物・サラマンダー
サラマンダーは伝説の生き物であるだけでなく、ヨーロッパ原産の実在する生き物です。 ラテン語でSalamandraといえば山椒魚のことを指し、その生態はプリニウスの『博物誌』の中でも紹介されています。実在のサラマンダーはトカゲのような形をした両生類で、黒地に黄色い斑点が特徴的な外見をしています。体温が低く、身体が水で覆われているため、ヨーロッパの人々は、サラマンダーは火に耐性があると考えました。
アリストテレスも、サラマンダーを「火の中でも燃えない動物が存在する」として紹介している。さらに、「火の中を歩いて、火を消す」とも。 つまり、古代ギリシャにおけるサラマンダーは、「火に耐える」そして「火を打ち消す」生き物だったのだ。 『幻想生物 西洋編』p.243サラマンダーについてのこうしたイメージは、古代から中世まで続きました。
さらに中世では、サラマンダーの皮で作った布と称するものが登場します。火にかけても燃えないとか、火の中に投げ込んで洗濯できるなどというふれこみで販売されたそれは、実際には石綿(アスベスト)でした。
似たようなものは中国や日本にもあり、火浣布(かかんふ)と呼ばれていました。こちらはサラマンダーの皮ではなく、火山に住む火鼠の毛で作られましたが、その正体はやはり石綿だったと言われています。また江戸時代には平賀源内が石綿で布を織り、火浣布と名付けたという記録もあります。
『竹取物語』にも「火鼠の皮衣」が登場します。かぐや姫が結婚の条件として右大臣阿倍御主人に持って来るよう伝えた品で、火の中に投じても決して燃えないとされましたが、阿倍御主人が用意したものは偽物だったため、残念ながら燃えてしまいました。
サラマンダーのイメージ②パラケルスス、現る
「火に耐える」生き物だというサラマンダーのイメージは、ルネサンス頃から少しずつ変わり始め、「火を取り入れる」生き物になりました。近世16世紀になって、これらを受けてサラマンダーの解釈を大きく変えたのが、医者として、また錬金術師として高名なパラケルススである。彼は、四元論を唱え、その著書『妖精の書』で、世界は地水火風の4つの元素からなり、その元素それぞれに対応する精霊がいると書いた。 『幻想生物 西洋編』p.244この4つの元素に対応する精霊こそが、現在ゲームや小説などでよく知られている土の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、そして火の精霊サラマンダーです。
火の精霊としてのサラマンダーは、炎に包まれたトカゲの姿で描かれます。火山の火口など常に火のあるところに棲み、炎をエサにしています。別名ヴルカンとも呼ばれますが、これはローマ神話に登場する火と火山の神ウルカヌスからきた言葉です。
パラケルススはさらに、錬金術で賢者の石を作る際、サラマンダーの火に材料をくべる必要があるとしました。錬金術の世界ではまた、炎が錬金に必要な温度に達するとサラマンダーがその炎の中に飛びこみ、浮かれ騒ぐともされています。
さらに、サラマンダーは人の姿をしているという説もあります。サラマンダーを含む4大精霊は通常、魂を持ちませんが、人間と結婚すると魂を持てるようになり、子どもを持つことも可能になるというのです。また近代魔術の世界では、サラマンダーは怒りっぽい女性の姿で表されることも多くあります。
18世紀にイギリスの詩人アレキサンダー・ポープが書いた『髪盗人』という作品には、情熱的な女は死後、火の精霊サラマンダーになるという一節があります。この作品でも、サラマンダーは女性の姿で表現されています。
このように、サラマンダーは古代~中世ヨーロッパでの「火に耐える」「火を打ち消す」存在から、錬金術師パラケルススの登場によって火の精霊へと姿を変え、さらに近代になると人間の姿で表されるようにもなりました。 さらに現代では、モンスターなどとして創作物に登場するだけでなく、そのイメージから調理器具や消防車両の名前、戦闘機のコードネームに選ばれるなど、幅広い分野で使用されています。
本書で紹介している明日使える知識
- フランケンシュタインの怪物
- 聖女マルタのドラゴン
- ブラム・ストーカー
- ジャバーウォックとその仲間たち
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