華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
とはいえまともに剣すら握ったことのない者が、命がけの冒険なんてできるわけもなく、高価な装備を集めたところで、モンスターの胃袋に収まるのがオチでしょう。
だけど武勇伝が作りたい。
そんなときは〈武勇伝代行業〉に依頼するのがオススメです。
熟練の冒険者である私が『いかにも強そうな魔物』を選び『目的地まで安全に案内』したうえで、『ほどよく弱らせた』あと『最後の一撃』をお譲りいたします。
つまり貴方は剣を振りおろすだけ!
たったそれだけで、末代まで語れる武勇伝を作れるのです!
もちろん手間がかかるだけに、決してお安くはないですけど。
たとえば〈竜殺し〉の称号。
あなたなら金貨何枚で買いますか?
☆
という触れこみで、武勇伝をねつ造するお仕事をはじめてみたものの。
実際にやってみると、思っていた以上に大変でございまして。
わたしたちは現在、大量のゴブリンに追われています。
「いやはや! さっそく苦難が降りかかってきたようだな!」
今回のご依頼主であるロバート様は、獅子のような金髪をなびかせて笑います。
さすがは貴族のお坊ちゃん。
脱兎のごとく逃げている状況であっても、たいそう絵になるではありませんか。
「これでもうちょい分別があれば……」
「なんか言ったかい?」
「いいえお気になさらず。しかし笑っている場合ではありませんよ」
わたしヴァレリーはそう言って、後方にチラリと目を向けます。
蛙と人を混ぜたような小鬼が十数体ほど、列をなして迫ってくるのが見えました。
ああ……無理。数が多すぎて無理。
どうしてこんなことになったのでしょう。
灰色の髪と小枝のような身体――女性としても戦士としても魅力に欠けているわたしではありますが、そのぶん知略と技能をもって熟練の冒険者に名を連ねております。
よって入念に準備を重ねていましたし、道中は不用意な行動がなければ……いえ、多少のミスがあったとしても、問題なく目的地にたどりつけるはずでした。
「わたし止めましたよね! なのにどうして指示に従わなかったのですかっ!」
「ハハハ。お相手したほうが盛りあがると思ったのさ」
ゴブリンの群れですよ?
低級とはいえ立派な魔物ですから、一目しただけで手を出すべきではないと判断できるはずです。
よほど勇気があるか、あるいは頭が弱くなければ。
ところがロバート様、その両方の性質を備えていたのでありました。
「まさか意気揚々と突っこんでいくとは……。おまけに口上まで述べるなんて、あまりのバ――いえ、勇猛さに目を疑いましたよ」
「そうだろう? 昨日夜なべして考えたのさ!」
やあやあ我こそはロングレッド家の次男ロバートである!
この剣の錆となる名誉を授かりたいものは、今すぐ前に出て首を差しだすがよいぞ!
あはは。涙が出るほど笑える。
ゴブリンたちのキョトンとした顔が忘れられない。
「おいたわしいことです。きっと頭に具のないオートミールが詰まっているのでしょう」
「んん? さっきからなにをブツブツ呟いているんだい」
「どうすればこの状況を切り抜けられるか考えておりまして。ロバート様を蹴り倒してゴブリンの群れに放り込み、その隙に逃げだせるのなら話は簡単なんですけど」
「冗談はよしてくれよ。いざとなったら君がなんとかしてくれるんだろ?」
……まあ今のところ、逃げながらお話ができるほどには余裕ありますからね。
なんて思っていたらヒュンと毒矢がかすめてきて、思わず顔をこわばらせてしまいます。
仕方ありません。
追いつかれたら対処できませんし、今のうちに手を打ちましょう。
わたしは腰にかけた鞄を慣れた手つきで漁り、走りながら目当てのものを取りだします。
じゃじゃーん! 火焔術式の巻物!
中に魔法が封じこめられているから、心得がなくとも強力な呪文が使える優れもの。
それをぽーいと、背後から迫りくるゴブリンの群れに放り投げました。
「ギョ……グギョ―ッ!」
勢いよく火柱が立ちあがり、断末魔の大合唱。
ゴブリンたちはみるみるうちに、激しい炎に呑まれていきます。
「ふむ、残念だな。追い込まれたところで華麗な剣技を披露しようと考えていたのに」
「あからさまにほっとしているように見受けられますが……。念のため言っておきますけどあれって一発かぎりの使い捨てですから、次はありませんよ?」
あの手の巻物は羊皮紙に一枚一枚、魔法使いが呪文を封じこめていて、たいそう手間がかかるうえ市場に出回ることも稀ですから、お値段以上の価値があるのです。
今回の冒険で用いた品々は経費でまかなえるものの、そのような希少な代物をオートミール男の蛮勇に浪費してしまうというのは、嘆かわしいかぎりではありませんか。
「いずれにせよ、どうにかなったのだから問題あるまい。ほらヴァレリーくんも見たまえ。邪悪な魔物どもが我が天誅によって浄化されていくさまを!」
「はあ……用意したのも使ったのもわたしですけどね」
踊るように逃げまどいながらゴブリンたちが焼かれていく様子は、なかなかに地獄絵図でありました。
うーん。
できることならロバート様もあそこに放りこみたい。
「さて先に進むとしよう。我が剣技を存分に発揮できる機会があればよいが」
「後生ですから、今度はちゃんと指示に従ってくださいね……」
わたしの言葉を聞いて、ロバート様は快活に笑います。
体格がよく見目麗しいので、まるで英雄のように見えるのが納得のいかないところです。
はたしてこんな調子で、無事に冒険を終えることができるのでしょうか。
早くも不安でなりません。
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