私たちの世界とターミナスで繋がる様々な異世界。各国の探検隊が持ち帰る報告は驚くべきものばかりですが、異世界にあるのは不思議な現象や変わった風習を持つ知的生命体ばかりではありません。実は、まるで私たちの世界と変わらないような風景も、動物たちの営みも、沢山あるんです。
たとえば、ネコ。
他の地球上の動物たちと同じように、ネコも異世界で沢山見られます。ネコたちはやっぱり、ある世界では逞しく、あり世界ではノンビリと生きています。この番組では、そんなネコたちの姿を、この異世界ネコリポーター、ミニッツテイル・イワノヴァがお届けします。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。今回はなんと、いつもの倍のスペシャル版でお届けします!
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ついに巨悪を暴いたイワノヴァ! 追い詰められた牧場主は牙を剥き、取材班に襲いかかる! はたしてイワノヴァの運命や如何に!
……とか悠長に煽りを入れてる時点で無事なのが丸わかりですね。はい、全然平気です。というかご主人はものすごい勢いで土下座して、私があげたハンドスピナーを差し出してきました。
「これは返す! 何なら色を付けてもいい! だからどうか、このことは秘密にしておいてくれ!」
だいぶ必死なご様子です。秘密にと言われてもなぁ。うーん、そもそも何だってまた、こんなことを?
「街のためだ。ご覧の通り、辺りがすっかり湿地に変わっちまって、農業も出来ねぇし、一時期疫病が流行ったおかげで人も寄りつかなくなっちまった。それでどうにか出来ねぇかと知恵を寄せ合って、〈フレイヤ様のネコ戦車〉を再現してみることにしたんだ。それが思いのほか大当たり、押し寄せる観光客のおかげで街も一息つけて、止めるに止められなくなっちまったんだ」
ふむぅ。つまりネコ戦車は町おこしのための出し物だったんですね。でもなぁ。やっぱり嘘はいけないと思うなぁ。
「別に誰も迷惑してねぇだろ! 観光客は大喜び! 街は潤う! それでいいじゃねぇか! 見逃してくれよ!」
いやいや、こういうの詐欺って言うんですよ……でもあんな湿地帯に囲まれちゃってる街の困窮具合もわかるしなぁ。
「だろ? だいたい昔は、ホントにでかいネコが街の近くまで来てたんだよ。全部嘘って訳でもねぇんだし。あれもこれも、全部街にかけられた呪いのせいなんだ」
呪い? 何ですそれ。
「……あのな、昔はそれこそ牛みたいな大きさのネコが北の森に住んでいて、よく街に遊びに来てたんだ。領主の娘は大層それを可愛がっていて……」
おっと、これは昔話ですね。長くなりそうですがいいでしょう、私もネコ昔話は大好きです。
男爵の美しい娘は、北の森の大ネコが大好きでした。大ネコが訪れると一日中そばに寄り添って、白く輝く毛並みを撫で続けています。大ネコの方も娘を気に入ったらしく、彼女が姿を現さないと、城の前で悲しげな鳴き声を上げていました。しかし大ネコは夜になると、必ず森に帰ってしまいます。一日中大ネコと一緒にいたい娘は、男爵に、どうか一緒に森に行かせてもらいたいと願うようになります。
許嫁もいる美しい娘の事、妙な噂が立っては困ります。男爵は激怒しました。城の中の部屋から出ることを禁じ、大ネコは檻に閉じ込めて殺し、北の森も焼いてしまいました。加えて普通のネコすらも街から追い出し、ついに一匹も姿を見かけなくなってしまいました。
そうして男爵は娘の結婚式を早々に行うよう手はずを進めましたが、娘は嘆き悲しみ、いつしか父親の男爵だけではなく、街全体を呪うようになっていきます。
「ネコを虐げる者は、その者の手の中で穀物がヘビに変わり、彼を絞め殺すだろう。家族は全員肌が黒くなり、死の間際まで痛み苦しむ。ついには城壁は崩れ落ち、彼ら全員はネコによる罰を受け、地獄の業火で永遠に焼き尽くされるだろう!」
すると北の森の更に奥から、千匹もの大ネコが戦車を牽いて現れました。彼らは畑を踏み潰し、城門を破り、街の家という家を打ち壊します。そして男爵の娘は戦車に乗り、彼らと共に北に去ってしまいました。
それからというもの畑は湿地になり、疫病が流行り、男爵も死んでしまいました。街の住人たちはネコに許しを請い、自らの食べ物をネコに与え、夏至祭でネコを祭るようにしました。すると何処からともなくネコ戦車が現れ、住人たちを祝福するようになったのです。
……あれ? これ嘘でしょ? ネコ戦車は偽物じゃないですか! それに街は結構古い街並みで、そんな荒らされた様子もなかったし!
「いやいや、祭りには、それっぽい謂われが必要だろ? それでなんか話を作ってくうちに、どこまでホントの話だかわかんなくなっちまって。吟遊詩人の連中は好き勝手に話を盛りやがるし。でも、前に大ネコが来てたのはホントなんだって! ってウチの婆ちゃんが言ってた!」
伝聞ですか……。
「いやいや、ホントホント……あーっ! おい! ネコの被り物に穴が開いてるじゃねーか! オマエらだろこれ!」
ええええ! いやいや、一体何のことやら……
「冗談じゃねぇ! これは遠くの街で作ってもらった酷く高価な物なんだぞ! 祭りはまだ続くんだ! もう一回くらい戦車を出さなきゃ、遠くから来た観光客が暴れるかもしれん! どうしてくれるんだ!」
きゅ、急に立場が逆転してしまいました。でも弄ってて穴開けちゃったのは確かだしなぁ。すいませんご主人、ちょっと私たちの世界に戻って修理してくるので、これお貸しいただけません?
「駄目だ駄目だ! んなこと言って戻って来ねぇ気だろ!」
いやいや、そんなことないですって。困ったなぁ。あ、じゃあこういうのどうです? ホントに大ネコがいるっていうなら、私たちが探してきます。戦車は牽けないかもですけど、それを公開すれば観光客も満足するでしょう。
「む……確かに、そりゃあそうだが……でも大ネコはもう全部死んじまってるかもしれねぇし……」
えー。やっぱり嘘なんだ。千匹の大ネコ軍団はいないんだ。
「いるって! わかった畜生! 代わりに明日までに一匹連れてこなかったら、ターミナス埋めて二度と帰れないようにしてやるからな!」
ふふっ。成り行きですがなんとかなりました。私たちは百戦錬磨のネコ歩き取材班。本当に大ネコがいるなら、見つけられないはずはありません!
しかしさすが、ろくな記録装置もない技術レベルの世界です。話が色々ごっちゃになっていて、何が本当か全然わかりませんね。一度街に戻って道行く人々に話を伺ってみると、件の娘の名前がフレイヤだという人もいれば、娘は呪いと同時にフレイヤ様に祈り、それが通じたんだという人もいます。いずれにせよ以前は野良大ネコがいたのは確からしく、それはお年寄りたちが口を揃えて言っていました。でも領主の男爵はずっとこの辺を統治してるといいますし、やっぱりよくわかりませんね。だいたい湿地になったり疫病が流行ったりしたのが呪いのせいだなんて、非科学的にもほどがあります。
とりあえず再び湿地帯を越えて、北の森と呼ばれる所に来てみました。正確には、燃やされた北の森の、更に奥の森ですね。やっぱりこちらも北欧風で、針葉樹の巨木が立ち並び、灌木の類いが少なくて、何処までも歩いて行けそうです。
しかしかなり大きな森だなぁ。いくら大ネコとはいえ、手がかりなしで探すのは難しそうです。ここは文明の利器を使うことにしましょう。ジャジャーン、大気エアロゾル化学成分連続自動分析装置! なんか難しい名前ですが、これは大気中の化学成分を分析してくれる装置なんですね。そしてネコといえば、フェリニンという独特の化学成分がオシッコに含まれていて、マーキングに使われている事が知られています。つまりこの森のフェリニンを追っていけば、大ネコと出会えるはず! という具合です!
では早速……って、これってどうやって使うんだろ。あ、ディレクターさんが知ってるようです。なるほどなるほど。それでスイッチオンと。お、早速フェリニンの痕跡が! あちらに行くと濃度が高くなっているようです! ヘンゼルとグレーテルよろしく、森の奥深くに分け入っていくことにしましょう!