華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
とはいえまともに剣すら握ったことのない者が、命がけの冒険なんてできるわけもなく、高価な装備を集めたところで、モンスターの胃袋に収まるのがオチでしょう。
だけど武勇伝が作りたい。
そんなときは〈武勇伝代行業〉に依頼するのがオススメです。
☆
すったもんだの末にロバート様からマントをお借りしたわたしは、果実の詰まった餌袋を木に吊るし、あとは岩陰に身をひそめてバジリスクを待つだけになりました。
「ほどなく匂いにつられて姿を現すでしょう。今のうちに準備が万全か確認しますよ」
「見てのとおり問題ないさ」
ロバート様は白い歯をのぞかせて、得意げにクロスボウを構えてみせます。
弦を引くときに腕力が必要で、矢の再充填に時間がかかるものの――ひきがねを引いて照準を合わせるだけでいいので、素人に持たせるにはうってつけの武器でしょう。
「このような道具を使うのは卑怯ではあるが、魔物が相手なら気にする必要はあるまい。いずれにせよトドメは剣を使うのだしな」
「それ東の行商から買った希少品ですから、くれぐれも壊さないでくださいね……」
「しかしヴァレリーくんは優秀なのに、なにゆえ貴族相手にこんな商売をしているんだい。普通に仲間とパーティーを組んで、生計を立てる道もあっただろうに」
ロバート様はわたしをじっと見つめます。
あ、これは話さないといけない空気かも。
「わたしがそうであるように、冒険者はとかくリスクを避けるものです。しかし細心の注意を払っていたとしても、時には不運が重なり、予期せぬアクシデントに見舞われることがあります。……そういうとき、なにがいけないと考えますか?」
「理由などないだろう。運が悪かっただけなら」
「とはいえ人間は理由を探す生きものです。たとえば悪いことが重なったのは、パーティーに疫病神がいるからだ、なんて」
「……つまり君は不運を招き寄せるのか」
「そういうジンクスがある、と言われています」
おかげで能力があるにもかかわらず、同業者から敬遠されるようになりまして。
色々と悩んだすえ、今の商売を思いついたわけです。
「不運といっても致命的な問題はそう起こりませんし、むしろ武勇伝を作るうえで、ほどよい刺激になるかもと」
「ハハハ。ならば不名誉な悪評[ジンクス]を、極上の香辛料[スパイス]に変えようじゃないか。君が疫病神なら、このロバート様は勝利の神さ」
自信満々にそう返されたので、わたしは反応に困ってしまいます。
そもそも最大の懸念材料は、突拍子のないあなたの行動なんですけどね。
なんてことを話していると、ふいにガサガサと物音がしてきました。
「あらあら、ようやくお出ましですよ。最後に念押しですが、わたしの指示には従ってくださいね。とくに撤退の判断は絶対です。あんなふうになりたくなければ」
姿を現したバジリスクは早くも餌袋を引きずり落とし、中に詰まった果実をむしゃむしゃと咀嚼しはじめてます。
羆のように巨大なトカゲはさすがにインパクトがあったようで、
「思っていたよりデカいな……。かなり手ごわそうだ」
「大丈夫ですよ。いざというときはこちらでなんとかしますから」
そう言って丸盾を構えると、限界まで腕に力をこめてピルムを投げ放ちます。
投てき用の槍であるそれはまっすぐに、バジリスクの無防備な背中に突き刺さりました。
「わたしが引きつけますので、クロスボウで援護をっ!」
ロバート様に指示を伝え、勢いよく岩陰から飛びだします。
初撃のピルムは鱗に覆われた背に深々と刺さってはいるものの、痛覚が鈍いバジリスクはとくに苦しむ様子もなく、不快げに「グルゥ……」とうめいていました。
そして――バタバタバタッ! と激しい物音を立てながら、猛然と迫りくる巨躯。
「うおおっ! や、やばっ!」
岩陰からロバート様の悲鳴が届きます。
とはいえ敵の狙いはこちら。
瞬くまに距離を詰められ、岩盤のようなアゴが激しく振りおろされました。
わたしは真横に飛んでその一撃をなんなく避けると、盾の裏に備えたナイフを抜いて一刺し。
硬い鱗の間を縫うように突いた刃は首筋の柔らかい肉にズブリと埋まり、そこでようやくバジリスクは痛みを覚えたのか、激しくうめき声をあげました。
「グオオオオオオッ!」
「……苦しそうですけどごめんなさい。容赦はしません」
その一言とともにクロスボウの援護が届き、バジリスクの耳元に針のようなイヤリングが飾られます。
わお、狙いが正確。
意外とやるじゃないですか、ロバート様。
狼藉ものによる続けざまの攻撃に、王侯[バジリスク]の怒りが最高潮に達したのか――巨躯を大きく揺らすと、突如として跳ねあがるように直立しました。
その威容を見て、クロスボウの装填をしていたロバート様がまたしても悲鳴をあげます。
「ぎゃあ! な、なんだ……ありゃ……っ!」
「コンバットダンスですっ! バジリスクから視線をそらしてください!」
本来は爬虫類がメスをめぐって争うときに見られる行動ですが、バジリスクの場合はそれとは別に、邪眼を発動する際の前兆としてとらえることができます。
わたしは持っていた盾を顔の前に掲げました。
「――ブガアアアアアッ!」
盾で遮蔽していてもわかるほど、バジリスクから眩い閃光がほとばしります。
コンバットダンスで敵の目を集中させたあと、不意打ちでピカリ。
強烈な眩輝[グレア]効果によって視界を遮断する――それがバジリスクの邪眼の仕組みというわけ。
なにも知らずに浴びたなら、石のように立ちすくんでしまうことでしょう。
しかしタネさえわかっていれば、恐れることはありません。
「さあロバート様、もう一息ですから! あとはわたしができるかぎり弱らせますので、とどめの一撃だけお願いいたします!」
「わかった! 引き続きクロスボウで援護しよう!」
邪眼という切り札を完封した時点で勝利をおさめたといっていいでしょう。
わたしは颯爽と飛びだし、最後の仕上げにかかることにいたします。
邪眼を防がれてもなお怒り狂い、猛然と迫りくるバジリスク。
とはいえ振りおろされたアゴの一撃は直線的で、なんとも単調なものでした。
ふふん。
この程度、鼻歌まじりでかわすことができますよ。
――バジリスクが食い散らかしていた果実に、足を滑らせなければ。
「あば」
つるんといきました。
そりゃもうド派手に。
そう、予期せぬアクシデントというのは、気が緩んだときを狙って起こるもの。
不肖ヴァレリーは過去に同じ失敗をやらかしていたにもかかわらず。
このときだけは己のジンクスのことをすっかり忘れていたのです。
わたしが次に聞いたのは、骨がバキリと折れる音でした。