ヌアザ、クー・フーリン(クー・ホリン)、フィン・マックール、ディルムッド・ウア・ドゥヴネ――ケルト神話では魅力的な登場人物が多数活躍します。
『図解 ケルト神話』(池上良太 著)は、ケルト神話の世界に興味をお持ちの方への入門編として、神話に登場する人物や彼らの持ち物などについて、幅広く丁寧に解説しています。 今回はその中から、クー・フーリンについて、特に女性遍歴に焦点をあてご紹介します。
目次
クー・フーリンとはどんな人物? その生涯とは
クー・フーリンはケルト神話の中の「アルスター物語群」と呼ばれる伝承に登場する、主人公のような存在です。光神ルーグの血を引く彼は幼い頃から人並み外れた力を発揮し、やがてアルスター随一の戦士へと成長していきました。 本書には彼の容姿について、次のような記述があります。
『クアルンゲの牛捕り』によれば、彼は黒髪に灰色の目をした髭の無い小柄な美男子とされる。しかしその表情は暗く、一度戦闘となれば体は高熱を発した。さらに戦闘欲に取り憑かれると、髪は逆立ち、片目は脳内に、片目は頬に垂れ、口は大きく裂け、筋肉は瘤のように膨れ、足の骨肉は逆向きに反り返り、頭上に血柱を吹き上げ、額からは英雄の光を発するという竜のごとき姿となる。 『図解 ケルト神話』p.98また、彼の性格については剛直で好戦的、時には子供っぽい一面もあったと言われています。 では次に、クー・フーリンの生涯をかいつまんでご紹介しましょう。
クー・フーリンは影の国の女王スカアハのもとで武術と魔術を学びます。スカアハは彼の能力に惚れ込み、ゲイ・ボルグという魔槍を授けました。
この槍は海の怪物の骨から作られたとされ、一撃必殺のすさまじい威力を持っていました。しかし、この槍が真価を発揮するためには、足の指で挟んで敵に投げつけるという特殊な動作をしなければならなかったため、実戦ではあまり使われませんでした。
クー・フーリンが17歳の時、コナハトの女王メイヴがアルスターに侵攻してきます。
しかしアルスターの地には「国が危機に陥った時、全ての成人男性が妊婦の苦しみを味わう」という呪いがかけられていたため、戦士たちは力を発揮することができません。そんな中、少年であったため呪いを免れたクー・フーリンはたったひとりで奮戦し、ついにはメイヴを捕らえ戦いを勝利へと導きます。
その後、彼は赤枝騎士団の戦士として数々の武勲を打ち立てます。しかし復讐を誓うメイヴが放った刺客の手にかかり、33歳という若さでこの世を去ったのでした。
クー・フーリンが愛した女性たち①妻エウェル
クー・フーリンは武勇に優れた美男子だったこともあり、アルスター中の女性から好かれていました。 ここからは彼の妻や、彼と浮名を流した女性たちについてご紹介します。 クー・フーリンの妻はエウェルという女性でした。本書では彼女について次のように描写しています。彼女は金髪の美しい姿、美声、弁舌、優れた針仕事の腕、聡明さ、そして貞淑さという6つの美徳を持つ女性だった。また、『ブリクリウの饗宴』では、茶目っ気とその俊足を披露している。 『図解 ケルト神話』p.100クー・フーリンが影の国アルバへと修行に赴いたのは、エウェルに結婚を申し込んだものの断られたためでした。まだ若く名声もなかったクー・フーリンはスカアハのもとで修行し、戦功をあげ、ようやく結婚を認められました。
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クー・フーリンが愛した女性たち②その他の恋愛遍歴
クー・フーリンの最初の恋人といえる存在は、スカアハの娘ウアサハです。彼女は当初クー・ホリンに良い印象は抱いていなかった。給仕の際、ふざけて指を折られたからである。しかも、それに怒った彼女の婚約者は、クー・ホリンに戦いを挑み殺害されてしまう。その後、彼女はクー・ホリンに惹かれるようになり彼らは恋人同士となっている。 『図解 ケルト神話』p.102ケルト社会では多くの女性と関係を持つことは不貞とは見なされていませんでした。彼は他にも多くの女性と浮名を流します。中でも、唯一の子コンラを産んだ女性がオイフェです。
オイフェはスカアハの双子の妹で、スカアハと領地争いを繰り返していました。ある時行われた一騎打ちで、スカアハの代理となったクー・フーリンに敗れ、姉妹の争いは終結します。その後オイフェはクー・フーリンと恋仲になり、コンラという男の子を産みました。
クー・フーリンに恋い焦がれた女性をもうひとりご紹介しましょう。マンスター王クー・ロイの妻となった女性、ブラートナドです。
クー・フーリンは財宝や美女ブラートナドを狙い、クー・ロイと組んでフィル・ファルガエの地を襲撃します。ところが取り分を巡って揉めた結果、クー・ロイに髪の毛を剃り落されるなどの辱めを受けた上、彼に美女ブラートナドを奪われてしまいました。
復讐に燃えるクー・フーリンはブラートナドからクー・ロイの秘密を聞き出すことに成功します。それは、クー・ロイが魔法の鮭に自らの心臓を隠すことで不死を保っているというものでした。クー・フーリンはこの情報をもとに彼を殺害し、復讐を果たします。ところがクー・ロイのお抱え詩人がブラートナドを道連れに崖から飛び降り、彼女は命を落としてしまいます。こうしてクー・フーリンの恋は悲しい結末を迎えたのでした。
本書では、クー・フーリンと恋愛関係のあったその他の女性についてご紹介しています。 彼の生涯にまつわる伝承は、たくさんの愛に彩られたものでした。しかしそれは同時に、戦いに血塗られた物語でもありました。
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- 魔法の猪たち
- etc...
ライターからひとこと
クー・フーリンの物語を読めば読むほど、好戦的だったりたくさんの女性に恋をしたりといった、彼の人間らしい部分が浮かび上がってきます。ケルト神話が愛されている理由のひとつとして、登場人物に親近感がわきやすいという点があるのかもしれません。本書では、この他にもさまざまな英雄を取り上げています。ケルト神話の英雄は、ゲームなどの創作物のモチーフにも選ばれることも多いと思います。創作物の設定とはまた違った英雄の一面を知ることで、キャラクターにより親近感がわくかもしれません。