猫といえば、魔女の使いというイメージを持つ人もいるのではないでしょうか。
古来より人間にとって猫は特別な存在であり、エジプトでは神とされ、ヨーロッパでは、魔女の使いとされる以前には穀物の精霊として扱われていました。つまり彼らは何かしらの魔力を持つと考えられていたのです。
今回は『猫の神話』(池上正太 著)より、魔術や呪術、そして薬としても使われた猫たちの話をご紹介します。
目次
エジプト人は糞も大切にする! 猫が薬になるあれこれ
古代エジプトでは猫の女神・バステト信仰があり、猫をとても大切に扱っていました。彼らはその神聖さゆえに糞まで大切にし、なんと薬として使っていたようです。
以下にその薬と調合内容をご紹介します。
【抗炎症】
・猫の糞
・睡蓮
・スイカ
・甘いビール
・葡萄酒
【フケ防止】
・猫の糞
・犬の糞
・クセトと呼ばれる木の実
【皮膚病】
・猫の糞
・鉛の断片
【火傷のための軟膏】
・猫の糞
・アメリカニワトコの実
・ウアと呼ばれる穀物
猫ちゃんがいらっしゃるご家庭なら比較的すぐに再現できそうなものもありますので、興味がある方は作ってみてはいかがでしょう。——というのは冗談ですが、これだけのレパートリーがあったとは驚きです。
そして、古代のエジプト人もフケに悩んでいたことがわかるのが、興味深いですね。
さらに、エジプトでは猫を物質的に使うだけではなく、呪術的にも使用していました。彼らは、サソリの毒と痛みから逃れるために、女神バステトの神話を再現する呪文を唱えていたといいます。
バステトについては以下の記事に紹介していますので、ぜひごらんください。
可愛すぎてもう女神! エジプト人も大好き猫の神話
その他の国の猫の薬効、おまじないの効果
古代エジプトに限らず、神聖な存在である猫の一部を薬物に使うのは世界各地で行われていたようです。ヨーロッパでは、猫の身体には魔力が宿っていると信じられ、民間医療の間でも大活躍しています。
たとえば、猫の血を使った薬効としては、いぼに3滴塗って、いぼを落とすという言い伝えがあります。
スコットランド高地では、猫の耳から採取した血が皮膚病の薬とされました。ただし、どれもあくまで少量だそうで、無駄に猫を傷つけるようなことはしなかったそうです。
その他、猫の毛皮や死体も歯痛や傷に使われることがありました。
また、呪術的なものでは、ものもらいを治すおまじないがあります。患者と逆の性別の猫か、あるいは三毛猫の尻尾をこすりながら、 「お前をつつく、お前をつつかない、お前の屁を吸いこむ」 と唱えることで、治るとされていました。
豊穣の神と幸福をもたらす猫たち
そもそもエジプトでの猫信仰の始まりには、耕作が大きく関わっています。もともとは鼠とりの名人であった猫が、害獣駆除のために家畜化され、人間たちの生活に馴染むようになりました。そこから猫たちは神格化されていったというわけです。
ヨーロッパでも同じように、猫たちは穀物の精霊として珍重されていました。
フランス南東部のブリアンソンでは、穀物の収穫が始まると猫の身体をリボンや花、穀物の穂で飾り、「ボールスキンの猫」と呼んだ。そして収穫作業中に怪我をすると、この猫に舐めさせたのだという。 『猫の神話』p.112ブリアンソンでは、とにかく愛おしまれて丁重に扱われていた猫ですが、一方、同じフランスでも北部にあるアミアンでは、豊作を願うために神聖な生け贄として、儀式的に猫の命が捧げられていました。
行きすぎた他の例としては、鼠除けとして猫を壁に埋めるという手荒なことをした人もいます。有名なところでは、イギリスのロンドンにあるウェストミンスター寺院で発見された、猫のミイラがその例です。
また、イギリスでは黒猫が幸運のシンボルとされていますが、白猫と一緒に飼えばさらなる幸運に恵まれるという記録があります。
劇場で猫を飼うことも非常に縁起が良いとされていました。ただし上演中に猫が横切ったり、役者が猫を蹴飛ばしてしまったりするのは、不吉なことだといわれています。
他にも幸運をもたらしてくれる猫の話は、さまざまなものが伝えられています。
アイルランドに伝わる「猫の恩返し」の話などもありますので、ぜひこちらの記事もごらんください。
猫の集会の主催者? アイルランドの神話「ケット・シー」
魔術や呪術——人間によって迷惑を被った猫たち
猫の魔力には、他にどのようなものがあるでしょうか。日本では、猫が顔を洗うと雨になるといいますよね。
スコットランドでも同様の話があり、寒波や快晴についてもさまざまな仕草で予知をするといわれています。
猫が天候に敏感とされる理由ですが、これはヒゲが湿気を帯びることによるものだと考えられています。しかし、当時の人々は、猫の鋭敏な感覚によるしぐさを魔法的なものと考えていました。
さらには猫自身が魔力によって、天候を変えているとまで信じるようになったのです。
たとえば、天候に命を左右される船乗りたちは、猫たちを非常に大切にしました。日本でも、三毛猫が航海の安全を保障すると大事にされましたが、同様に、イギリスのノースヨークシャー州のスカボローでは、黒猫を珍重していました。
船乗りの女房たちは、黒猫をこぞって買い求め夫の安全を願って大切に養育した。このため、黒猫を盗む輩まで現れ、1つの家で黒猫を長く飼うことが難しいという状態にまでなっていたという。『猫の神話』p.116こういった魔力の借り方は、猫たちにとってもさほど迷惑ではなかったでしょう。
しかしなかには、とんでもない方法で、猫たちの魔力を使おうとした人もたくさんいました。
クロアチア東部のスラボニアでは、目の見えない猫を焼いた灰を人に投げつけることで、盲目にするという魔術が伝えられています。魔術師はこれで商店の主人を盲目にして、盗みをおこなうのです。
また、ユダヤ教の聖典『タルムード』には、黒猫の胎盤を燃やして粉末にしたものを目にすり込むことで、千里眼を得るという手段も伝えられています。
逆に、これらの邪悪な力から身を守るためにも、猫たちが使われていたといいます。
これらを信じた人々によって、たくさんの猫たちが犠牲になったことは明らかですから、怖ろしいことですよね。
ジョン・スペンスの『シェットランド島の伝説』では、呪いをかけられた牛に対して、壺1杯分のタール、燃えるたいまつ、針、3匹の生きた蟹、1匹の猫を使って悪霊払いをする話が描かれています。このなかでは、幸い猫は尻尾を掴まれるくらいで、酷い目には遭ってはいないようです。
以上、魔術や呪術などに使われた猫のエピソードをご紹介しました。
もし猫に魔力を借りるとしても 、エジプトや、フランスのブリアンソンのような、愛のある借り方をしたいものですね。
本書で紹介している明日使える知識
- 猫の誕生
- 世界最古の飼い猫は
- 神の国の猫
- 猫の復讐
- エジプトの聖猫
- etc...
ライターからひとこと
あるところでは白猫が、または黒猫が、またあるところでは三毛猫が……と、こうまで国や場所によって幸運を呼ぶ猫が違うとなれば、結局はどんな猫だって幸福を呼ぶのではないでしょうか。これからはどんな猫たちも幸運の象徴として、優しい方法で、大切にできるといいですね。本書では他にも、猫にまつわる物語や、人間とのエピソードがたくさん紹介されています。愛溢れる話もありますので、猫好きの方はぜひ読んでみてください。