「異世界チートもの」――それは、平均的な日本人、たいていの場合は中高生が異世界に転生し、大活躍してしまうファンタジー小説である。
転生先は主に中世ヨーロッパをイメージしたファンタジー世界で、現代日本とはその知識や技術のレベルに大きな隔たりがある。現代では当たり前の知識や技術でも、向こうでは「チート」――すなわち反則級に有効な場合も多い。転生した少年少女たちは、その「チート」を生かして世界の危機を救ったり、王になったりするのである。
だが、ちょっと待って欲しい。今この瞬間に異世界に転生したとして、果たして我々は「チート」できるのだろうか。火薬の作り方、物理学や医学の知識、建築や工芸の技術……なんとなくは知っていても、果たして向こうで実戦できるほど知っているだろうか。 このコラムでは、『現代知識チートマニュアル』(山北篤 著)をひもとき、異世界で生き残り、「チート」するための知識を紹介していきたい。
目次
まずは生き残ろう―きれいな水を手に入れる
異世界に転生しても、すぐにチートで活躍できるとは限らない。まずは自分の命の心配をしなくてはならない。そのために必要なのはまず、水である。幸いなことに本書には、学校帰りの高校生であっても飲料水を確保できる方法が載っている。138ページ「浄水」のコーナーだ。ここでは「濾過」「太陽光殺菌」「薬品」の3つが紹介されているが、すぐに使えそうなのは「太陽光殺菌」だ。時間は少しかかるが、ペットボトルがあれば飲める水が手に入るというのは大きい。これから転生する予感のある人は、鞄に大きめのペットボトルを用意しておこう。
余裕があれば殺菌の前に「濾過」を行って、不純物を取り除いておきたい。砂と小石しかなくても、濾過しないよりはずっといいだろう。
生活資金を手に入れる―誰でも作れて効果抜群の「洗濯板」
水を飲んで人心地ついたら、次は食料と寝床の確保だ。だが、こちらは水のように簡単にはいかない。食料をただで手に入れることは難しいし、屋根のついた寝床も同様だ。やはり、生き残るためにはお金が必要である。お金を手に入れる方法として、まずは身につけているものをいくつか売るという選択肢がある。だが、鞄に入っているいくつかの雑貨では、その日の食事を買うのがせいぜいだ。そのお金がつきないうちに、次の一手を考えければならない。
そこでお勧めしたいのが、162ページに載っている「洗濯板」だ。中世における洗濯は、汚れ物を桶に入れ、踏んだり叩いたりして汚れを落とすという重労働。しかも、洗濯は人間が生活している限り常に発生する。おそらくその世界の住人は、かなりの時間を洗濯に使っていることだろう。 洗濯板は18世紀後半に発明された、比較的新しい製品である。木材を削るだけで作成可能だが、これがあれば労働時間と労力はかなり減らすことができるだろう。 作った後は、それを販売しよう。実演販売の容量で自ら洗濯をして見せ、その効果を披露できれば多くの顧客が君に対価を払ってくれるはずだ。
甘いはうまい―贅沢品である「砂糖」の量産
ここまでで、あなたはしばらく食うに困らないだけのお金を手に入れているはずだ。だが洗濯板は、一度買えばしばらく壊れずに使うことができてしまう。また単純な道具だけに、誰でもすぐに作ることができる。隣の町に売りに行こうとしても、耳の早い職人がきっともう新製品として洗濯板を売り出しているに違いない。おめでとう、君は洗濯業界に革命を起こしたのだ!となると、さらなる一手を打たないと早晩食い詰めることになる。可能であれば、次は継続的に売れるものを見つけたい。そこで、『現代知識チートマニュアル』の200ページから203ページを見てみよう。
ここで紹介されているのは、サトウキビとビーツから砂糖を作り出す方法である。サトウキビは熱帯や亜熱帯地域で生息、栽培されているが、ビーツの生息地域は、気温10度以上20度以下というかなりの広範囲にわたる。さらに、中世ヨーロッパでは6世紀から栽培されているが、ビーツから砂糖を作り出すようになったのは18世紀のこと。転生した世界でも、ビーツに類する作物があり、かつ食用にのみ使われている可能は高い。
砂糖の精製方法は、該当ページに書いてある通りである。石灰を手に入れることが多少困難かもしれないが、そのほか必要なのは火と時間だけだ。ある程度の投資は行ってもいいだろう。また、精製が終わった後に出る絞りかすや葉、茎などは飼料として売却すれば無駄が出ない。
どうしても石灰が手に入らない場合は、ビーツを低温で煮出して煮汁を作り、その煮汁をさらに煮詰めて砂糖を作るという方法もある。これでできるは精製が粗く、ビーツの風味が残っているだろうが、それでも果物や野菜などとは比べものにならない甘さである。甘いものが乏しい世界では、かなりの高値で販売することができるだろう。
さらに、砂糖を大量に作ることができるとなれば、貴族や要人、王族や皇族といった位の高い人物に接近する機会もできるかもしれない。そうすれば、異世界で活躍できる日も近いのではないだろうか。
こうして庶民の生活に密着した「チート」を用いることで、そこに住む住人からの信頼を得られるという副次的効果もある。人々の生活を改善し、潤いを与えてあげれば「どこからか来た風変わりな、しかしデキるヤツ」としてその世界に認識されるだろう。
食うに困ったからといって罪を犯したり、他人を陥れたりすることはお勧めしない。どんな世界でも、そういう人間は排斥され、処罰されるのが常であるのだから。
『現代知識チートマニュアル』