忍術は過去のもの、現代において学べる点など特にない……そう思ってはいませんか? 忍術には戦国時代だからこそ役に立ったものが多いと思われますが、中には人間の性質や心理を利用したものもあります。 現代に生きる私たちでも、そういった忍術の仕組みを知ることで何か新しい発見があるかもしれません。 ここでは、『図解 忍者』(山北篤 著)を参考にしながら、いくつかの忍術のからくりを、人間の性質や心理という観点を交えて紹介していきます。
目次
忍術①先入観を利用した「観音隠れ」
まず、「隠れないで隠れる」という、一見とても不思議に思える忍術から紹介しましょう。観音隠れは、木を利用した穏形だ。 立木や壁のすぐ側で、顔を袖で隠して立っている。同時に隠形の呪を唱えると、敵から全く見えなくなるというものだ。 『図解 忍者』p.149これでどうして隠れることができたのでしょうか。
その理由は時代背景にありました。当時、夜の町に電灯などはなく、炎を使った灯りも現在のライトほど強力な光ではなかったはずです。
夜に侵入者を発見しようとする場合、提灯や松明の灯りをかざして見る。しかし、困ったことに、これらの灯りは炎が揺らめいている。つまり、影も同時に揺らめいているのだ。そのため、人間の身体の揺らぎがあっても、炎の揺らぎに紛れてしまう。 『図解 忍者』p.149実際に真っ暗闇の中で蝋燭の炎を使ってみるとわかりますが、炎は上記のように揺らめきます。 室内ならまだしも、木があるような屋外は風のせいで更に炎は揺らぎ、そこに立っている人間の姿も見えにくくなるのです。 特に、木が多く暗い場所で、木にまぎれた人間を見つけるのは難しかったでしょう。
同様に、壁の側に侵入者が立っていた場合でも発見しづらく、見逃してしまいそうです。 現代の私たちは炎の灯りで暗闇を照らすようなことは中々ないため、本当に観音隠れが通用したのか疑問に感じるかもしれません。
しかし、この忍術は人間の心理をうまく利用していたため、意外と見つかりにくかったようです。
そして、何より見張りには、侵入者は隠れようと小さくなっているものという先入観がある。つまり、木の向こう側にある木と同じように立っているゆらゆら動く黒いものは、見張りにとって木の影なのだ。 『図解 忍者』p.149既にもっている固定的な観念が自由な発想を妨げる場合、それを先入観と呼びます。
人間は普通、何かから隠れる時になるべく小さくなろう、目立たないようにしよう、とするでしょうから、当時の侵入者でもそうした者が多かったのではないかと思われます。 見張り本人も、自分が隠れる場合はそうするだろうと考えていたからこそ、そのような先入観ができやすかったのでしょう。 観音隠れは、人の心理を計算に入れた忍術でした。だからこそ、あえて堂々と木や壁の横に立つことが有効だと考えられていたのです。
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忍術②目の構造と行動パターンを利用した「狸隠れ」
狸隠れとは、忍者が木に登って隠れる忍術のことです。木に登っただけで、本気の追っ手や見張りから隠れることができるのでしょうか。狸隠れが忍術として成立した理由を、人間の目の構造や見え方、行動パターンから考察していきます。
まず、狸隠れの術に最適な木を選びます。
周囲に木のない1本だけで立っている木 『図解 忍者』p.153
太陽を効率よく受けるために、樹形の表側に葉を並べ、内側には葉が少ない。 『図解 忍者』p.153
・横から見ると、真ん中あたりに隠れている忍者を見つけにくい。このような木は、上記のように隠れるのに向いているのです。
・葉が少ないので、上り下りの時、葉擦れの音が発生しにくい。 『図解 忍者』p.153
木のように大きな物体を横から見る場合、ある程度離れなければいけません。そうすると、木に登って葉に隠れている忍者を見つけにくくなるのです。
人間の目は、その形状から、左右には動くが、上下にはあまり動かない。そのため、上を見るためには、首を曲げて見なければならない。このため、木の真下で上を見て、誰か隠れていないか見る場合は少ない。 『図解 忍者』p.153さらに、目の構造上、上方は確認しにくいのです。
たとえば、部屋をコーディネートする場合、壁紙や家具などにはこだわったけれど、天井にまで意識が向かなかったということはありませんか?
また、お風呂掃除の時、鏡や浴槽はきちんと掃除したにもかかわらず、浴室の天井のカビや汚れには全く気が付かなかった……という方もいるのではないでしょうか。
狸隠れは一見とても単純な忍術ですが、人間が見にくい方向に隠れるという点で、理にかなっていると言えるでしょう。
もちろん、見張りが木を見上げる危険がないわけではありません。
しかし、忍者はたいてい横に伸びた枝の上に隠れていたため、簡単には見つけられなかったようです。
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忍術③忍者の心理にも作用した「鶉隠れ」
鶉(うずら)隠れとは、観音隠れと似た「物陰に隠れないで隠れる」タイプの忍術です。庭の真ん中で背中を丸め、頭を隠してじっとしていることで、見張りの目につきにくくしていました。この忍術を使っている間の体勢は、忍者の心理にも作用します。
光を反射しやすい目と白い顔を隠す。敵を見て怯えて震えてしまうのを防ぐ効果もある。 『図解 忍者』p.149例え忍者であっても、生命の危機を感じる現場では、上記のように怯えることがあります。
外界から入る情報のうち、視覚からのものはかなりの部分を占めると言われています。そのため、見ないことが大変有効なのです。
耳もふさいでしまうと良い。何も見ず何も聞かず、ただじっとしている方が、見つかりにくい。 『図解 忍者』p.149これは、 聴覚からの情報も極力シャットアウトするための行動です。
情報が入ってこなければ、少なくとも外界からの刺激によって動いてしまうことは少なくなるからなのでしょう。
人間は動くものに反応しやすいため、忍者が動かなければ動かないほど、見つかりにくかったと思われます。
たまたま庭を横断している途中に見張りが来てしまった時などに、この術を使う。見張り側の、物陰は疑ってよく見るが、庭の真ん中などはろくに注視しないという行動を前提としている。 『図解 忍者』p.149そして、ここでも見張り側の心理をうまくついて忍術を作っていたということがうかがえます。
全てではないにせよ、人間の性質や心理をうまく利用した忍術があったというのは、現代の私たちにとっても興味深いことですね。
本書で紹介している明日使える知識
- 手裏剣術
- 下緒七術 吊り刀
- 撒菱退き
- 隠形 狐隠れ
- くのいちの術
- etc...
ライターからひとこと
本書の忍術の章は、忍術の種明かしをしてみるとあまりにも簡単なトリックだったというところから始まりますが、その理由も綴られています。今回紹介した3つの忍術は、人間の性質や心理という観点からも考え抜かれているという印象がありますよね。まさに、言うは易く行うは難しといった技なのだと思います。 そんな技が代々受け継がれ、洗練されていったと思うと、忍術が消えていくのはとても惜しいことです。 日本の素敵な文化であり、素晴らしい技である忍術の仕組みを、本書を通して是非知っていただきたいと思います。