夜な夜な猫が空き地に集まる「猫の集会」。
みなさんも、一度 は聞いたことがあるのではないでしょうか。なにも夜に限ったことではなく、猫の習性として、みんなで集まることは実際によくあるようです。基本的に単独行動をする猫ですが、時折一か所に集まることにより「においチェック」以外の方法で、周囲の猫の情報を集めているらしいのです。あるいは発情した猫たちが集まっているともいわれています。つまり、いわば「街コン」みたいなものでしょうか。そんな可愛い街コンなら、ぜひ遭遇したいものですね。 とはいえ、昔のアイルランドの人々は、猫の集会についてちょっと違う見方をしていたようです。
今回は、『猫の神話』(池上正太 著)に掲載されているアイルランドの猫妖精「ケット・シー」の伝説から、その集会の様子などを覗いてみたいと思います。
目次
アイルランド人が見た猫妖精「ケット・シー」とは?
【ケット・シーの特徴】・黒猫
・犬ほどの大きさ
・胸に白い斑点
・人語が話せる
・時には衣服を着ている
・時には二本足で立ち上がる
・独自のネットワークと王国を持っている
伝承に見るケット・シー は、いわゆる一般的な猫と変わらない姿で人間の家庭に入り込んでいるといいます。
そしてその正体を悟らせることはしません。
しかし王族のケット・シーであれば、耳をすこし傷つけると、人語で罵倒を浴びせ、それまでに散々見てきた飼い主たちの秘密や悪事を上げ連ねるといいます。さらにそれ以上怒らせると、確実に復讐をされてしまいます。 命さえ取られてしまいますから、絶対に機嫌を損ねるようなことをしてはいけません。
ケット・シーによる猫集会の内容はさまざま
まずはいくつかある伝説のなかで、ケット・シーの集会の様子と、彼らの恐ろしさがわかる物語をご紹介します。【猫の王の会議】
嫉みによりいとこの商人に目をくりぬかれたある商人が、果樹園の木に登って一夜を過ごしていたところ、たくさんの猫たちの声が聞こえてきた。
それは猫の王が主催する会議で、王は部下たちから、眼病に効く井戸、病気の王女に効く薬草、よい井戸が掘れる場所などの報告を受けていた。
これを聞いた商人は、猫たちの情報を生かして人々を救い、その地方の市長になった。 一方、それを羨んだいとこの商人は果樹園に向かったものの、猫の王に見つかり殺されてしまう。
これは、世界中に流布する「2人の旅人」という物語のバリエーションのひとつです。
ちなみにこの猫の会議の日は、5月1日に行われる誕生祭の前夜でした。ケルトでは夏の始まりを告げるベルテネ祭が行われる日の前後は、古来より怪異が起こる時期とされていたようです。
【猫の王の裁定】
ある牧夫 が、家畜の餌を茹でる仕事をしていたが、餌の入った鍋をあさる猫 を見つけ、棒きれで殴りつけた。しばらくすると、その猫がたくさんの猫を引きつれて戻り、輪になって話しはじめた。
そこにひときわ大きな猫がやってきて、中央に陣取ると殴られた猫の話を聞いた。すると大きな猫は、殴られた猫をぽんと叩いて、そのまま他の猫たちを連れて出ていった。
これは、アメリカの民俗学者、ヘンリー・グラッシーの著書『アイルランドの民話』に掲載されているお話です。 この猫の王様は、男の仕事の邪魔をしたことに対して、部下の猫が殴られてもしょうがないと判断したのでしょう。
おそらく理不尽な理由で殴られていたら、王は男を引き裂いていたに違いありませんね。
義理堅いケット・シーの恩返し
もちろん彼らは恐いばかりではありません。 ほんとうは、心を許した主人や、親切な人には恩に報いる、義理堅い猫たちなのです。【ファザー・ガッドの屋敷】
人語を喋る猫、ファザー・ガッドとその一族は、ある地方に深刻な被害を与えていた鼠の大群を駆除したことから、大きな屋敷を与えられて幸せな暮らしをしていた。
そこの使用人になったリジーナという少女の働きっぷりは素晴らしく、どんな猫たちにも優しくしたことから、彼女は猫たちに気に入られた。
しばらくして、人のいない生活に淋しくなったリジーナは暇を貰うことになり、ファザー・ガッドは淋しがりながらも褒美を与える。その褒美とは、まばゆく輝く肌と服、額に美しく輝く星、そしてポケットからは毎日12枚の金貨が湧き出るというものだった。
やがてリジーナの美しさは評判になり、王子との結婚の日取りまで決まる。だがリジーナは嫉妬した母と姉によって納屋に閉じ込められてしまった。姉はリジーナになりすまして王子と結婚しようと目論んだが、しかしファザー・ガッドたちによって偽物であることが曝かれ、リジーナは無事に王子と結婚ができた。
この話はイタリア語圏に伝わるもので、アンドリュー・ラング(1844~1912年)の『べにいろの童話集』に掲載されています。そして、どことなくイソップ寓話の「金の斧」や、グリムなどの「シンデレラ」に似た要素を含んでいます。
他にも義理堅い猫の話は、お腹を空かせた3匹の猫を救った糸を紡ぐおばあさんが、猫から銀貨を貰うといった、日本の「鶴の恩返し」を思わせる物語などがあります。
◎関連記事
可愛すぎてもう女神! エジプト人も大好き猫の神話
ケット・シー伝説がアイルランドに広まった理由は?
これまで紹介してきたように、ケット・シーやそれに類する猫の伝説は数多く残っています。アイルランドのロスコモン州やミース州には、神聖な塚に住む猫の王の伝説が存在していますし、また同国出身の作家、オスカー・ワイルドの母、ジェーン・ワイルドが「詩人と猫の王イルサン」という物語を伝えているなど、その伝説と継承はさまざまです。
アイルランドやスコットランドを中心に広まった理由としては、以下のようなことが考えられています。
・猫の流入が比較的早かった
・猫が神的、魔的な存在として扱われていた
これらの地域で勢力を誇ったケルト人、あるいはそれに類する人々は万物すべてに神性を認めていた。当然猫も神秘的な力を持つものとされ、さまざまな伝承が残されている。 『猫の神話』p.89万物すべてに神聖を認めるというのは、日本の「八百万の神」の文化と似ていますね。
日本人と似たような価値観を持つケルト人たちが猫集会を見れば、たくさんの伝承が生まれるに違いありません。この伝説の多さにも納得です。
以上、「ケット・シー」についての簡単なご紹介でした。
なんだか猫たちにはこれまで以上に、優しく接したくなりますね。
本書で紹介している明日使える知識
- 神の国の猫
- 世界最古の飼い猫は
- 魔女と猫
- しゃべる猫と踊る猫
- 招き猫
- etc...
ライターからひとこと
日本にも「猫又」などの妖怪をはじめ、猫にまつわる話がたくさんあります。こちらも人語を喋ったり、集まって踊ったりと、ケット・シーに共通するところがあります。きっと猫を飼っている人なら、どうにかして喋ってくれることはないものかと思ってしまいますよね。そんな人の思いがこれほどまでの伝説を作らせたのか、はたまた、実際に見てしまった人がいたのか……? 本書では、さまざまな猫の不思議な話を紹介しています。ぜひ他の猫たちのエピソードもご覧ください。