皆さんは中世ヨーロッパの生活といえば、どんな様子を思い浮かべますか? 王侯貴族の華やかなパーティー、美しいドレスを着た姫君、テーブルいっぱいの美味しい食事などでしょうか。では逆に、当時の貧しい人たちの生活はどんなものだったのでしょう。
『図解 中世の生活』(池上正太 著)では、中世ヨーロッパの様々な身分・職業を取り上げ、その暮らしぶりや制度について丁寧に解説しています。
今回はその中から、貧民の暮らしについてご紹介します。彼らの暮らしは、王侯貴族や金持ちの暮らしとはどのように違っていたのでしょう。
目次
中世の貧民①そもそも貧民とはどんな人たち?
「貧民」とは金銭的に困窮している人々のことですが、中世ヨーロッパにおいて、いわゆる下流階級に属する人々は 大きく分けて2つの階層に分けられます。ひとつは下層労働者です。見習い職人や都市の下級役人、刑吏、奉公人、日雇い人夫といった人々がこれにあたります。彼らの生活は慎ましやかなもので、兄弟団と呼ばれる互助組織を作り、互いに金銭的・人的に助け合って暮らしていました。
もうひとつは娼婦、傭兵、逃亡者、旅芸人、乞食などです。彼らは周辺民と呼ばれ、社会的に差別されたり、排斥されたりした存在でした。彼らの多くは兄弟団を作ることもできず、有力者の施しに頼ったり、犯罪に手を染めたりして暮らさなくてはいけないことも多くありました(14世紀の娼婦たちが組合を作り活動していたというような例外もあります)。
こうした貧民たちは、質素なパンや薄いスープといった食事で腹ごしらえをしていました。金持ちや修道院から食事の施しを受けることもありました。財産家は食事だけでなく衣服を与えたり、寄付金で貧しい人たちをお風呂に入れることすらありました。
多くの都市では、町の中心となる広場やそこから放射状に伸びる街路の近くといった開けた場所に、金持ちが住んでいました。一方貧しい人々は、町外れにある貧民窟や墓地などに粗末な小屋を作ったり、薄暗い地下室を間借りするなどして暮らしていました。貧民向けの簡易宿泊所のような施設も存在していたと言います。また、中には修道院の周辺や、修道院に併設された施療院で暮らす人もいました。
中世の貧民②施療院を支えたキリスト教精神
では、施療院とはどんな施設だったのでしょう。施療院は修道院や教会などの近くに設けられた施設で、貧しい人たちの救済を目的としていました。そこでは病人や孤児、老人、身体の不自由な人といった働けない人々や、未亡人などの経済的に困窮している人たちが、男女別の部屋に分かれて暮らしていました。食事や衣服なども支給され、最低限の衣食住に困らない生活を送ることができたのです。
こうした施設の運営費用は誰が賄っていたのでしょう? 答えは都市に住む富裕層の人々です。彼らの寄付金や遺産として残されたお金などが、施療院の運営にあてられていました。中世も後半になり都市が発達した後は、富裕層の商人らが自ら慈善施設を建設することもありました。
彼らがこのような行いをした理由を、本書では次のように説明しています。
中世ヨーロッパの精神規範であるキリスト教には、「財産を持つものに天国の扉は開かれない」という思想が存在している。そのため、富裕なものたちは教会に喜捨し、乞食や貧民に奉仕することで天国への扉を開くことを望んでいた。 『図解 中世の生活』p.122つまり富裕層の人々は、貧民のためというよりも(もちろんそのような側面もあったかもしれませんが)、自分たちが死後天国に行くために寄付を行っていたのです。 キリスト教が深く根付いていた中世ヨーロッパでは、社会構造上、貧民はいなくてはならない存在だったと言えます。
◎関連記事
罪人はどうやって裁かれた? 中世の法とその歴史
技術よりも理論派だった? 迷信に彩られた中世の医術
中世の貧民③職業としての乞食、現る
施療院への寄付という富裕層の活動は、多くの貧しい人々の生活を救いました。しかし、やがてこうした活動を利用する人が現れます。犯罪者や放浪者の一部が、生まれ育った町以外の見知らぬ都市に潜入し、本物の貧民に混じって喜捨を受けるようになったのです。彼らはいわばプロの乞食とでも言うべき存在でした。こうしたプロの乞食の中には、犯罪組織の構成員が物乞いに扮しているケースすらありました。貧民を騙る手口も堂に入っており、手足を縛って隠し不具を装うもの、てんかん患者を装うもの、汚物を塗りたくって業病のふりをするもの、狂人のふりをするもの、妊婦を装うものなど多岐にわたっている。しかも、喜捨を断れば集団で騒ぎたて、教会や町に火を放つぞと集団で脅しつける有様だった。 『図解 中世の生活』p.122彼らの横暴に耐えかねた街の権力者たちは、本物の乞食に証明書を与えるようになります。しかし、実際に乞食が本物か偽物かを見分けることはほとんど無理といってもいいものでした。
このように、ひとくちに貧民と言っても、貧しくとも日々の労働に励み慎ましやかな生活を送る者、施療院などで喜捨に頼って暮らす者、そして偽物の乞食など実態は様々でした。
キリスト教の精神や施療院の制度は多くの貧民を救いましたが、プロの乞食を生むといった問題もみられました。乞食を職業にする者たちは時代や場所が変わっても存在し、現代でも一部の国や地域で問題となっています。
本書で紹介している明日使える知識
- 市長と参事会
- 刑吏
- 風呂屋
- 遍歴職人制度
- 兄弟団と結社
- etc...
ライターからひとこと
貧しくて住む場所がないからといって、墓地で暮らすというのはなかなか勇気がいりそうです。中世ヨーロッパでは土葬が基本でしたので、アクセサリーなどの埋葬品を掘り返し売りさばく人もいたのでしょうか。ホラー映画さながらの光景ですね。本書ではこの他にも、様々な身分・職業について解説しています。読むだけでももちろん面白いですが、創作物のキャラクター作りにも活かせそうです。本書を参考に、主人公をちょっと変わった職業にしたり、生い立ちを掘り下げる時にリアルな描写に仕上げたりといったこともできそうです。